通院状況で減額される弁護士基準の入通院慰謝料
交通事故の傷害で通院をしていた場合、傷害に対する慰謝料(入通院慰謝料)を請求することができます。
入通院慰謝料は、入通院した長さに応じて増減しますが、弁護士基準(裁判基準)では、通院期間が長くなっても、通院の状況によっては、入通院慰謝料が減額されてしまう例外的なケースがあります。
それがどのような場合なのかを説明します。
1.例外規定がある弁護士基準による入通院慰謝料
弁護士や裁判官が、交通事故の賠償金を算定するときに用いるのが弁護士基準であり、過去の裁判例などをまとめて、各種の弁護士団体等が公表しているものです。
その中で代表的なものが、通称「赤い本」と「青本」(※)ですが、ここでは、赤い本の弁護士基準によって入通院慰謝料の解説をおこないます。
なお、赤い本の入通院慰謝料の基準は、2016(平成28)年に改訂されました。ここでは最新版(2018年版)の赤い本に基づいて解説しています。
※「赤い本」の正式名は「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」日弁連交通事故相談センター東京支部発行
「青本」の正式名は「交通事故損害額算定基準」日弁連交通事故相談センター本部発行
2.入通院慰謝料は、赤い本「別表Ⅰ」を用いる
赤い本の弁護士基準では、入通院慰謝料の算定は、「別表Ⅰ」を用います。
別表Ⅰでは、横軸に入院期間、縦軸に通院期間が示されています。
この別表は、病院に何日間(何回)通ったのかという「日数」(回数)ではなく、あくまでも「期間」を尺度とするものです。
たとえば、最初の通院日が平成30年2月1日で、最後の通院日が同年5月31日の場合は、通院期間は4ヶ月です。その間、病院に通った日数(回数)が32回でも48回でも、同じく4ヶ月として別表Ⅰに当てはめます。
つまり、この場合は、通院日数(回数)が32回でも、48回でも、同じく90万円となります。
3.別表Ⅰは、「実通院日数の3.5倍程度」を尺度とする例外
上のように、別表Ⅰは「期間」を尺度とするものですが、例外的に、実際に通院した日数(通院実日数)を尺度とする場合があります。
赤い本は、その例外を次のように定めています。
「通院が長期にわたる場合は、症状、治療内容、通院頻度をふまえ実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある」
通院の実日数の3.5倍程度が目安となるとは、仮に6ヶ月間の通院の実日数が25日(25回)だった場合は、25×3.5=87.5日 すなわち約3ヶ月の通院期間として別表Ⅰに当てはめるということです。
別表Ⅰでは、6ヶ月間通院は116万円、3ヶ月通院は73万円です。その差43万円と、かなりの減額ですから、この例外にあたるかどうかは被害者にとって大問題です。
(1)例外が適用される場合
では、この例外が適用される場合とは、どのような場合でしょうか。
赤い本には、具体的な記述がないので、青本が参考になります。
青本も、通院の「期間」を尺度として通院慰謝料を算定しますが、例外として通院実日数の3.5倍を尺度とする場合を次のように定めています。
①通院が長期化し、1年以上にわたっている場合で、
②(ⅰ)通院頻度が極めて低く1ヶ月に2~3回程度の割合にも達しない場合や
(ⅱ)通院は続けているものの、治療というよりむしろ検査や治癒経過の観察的色彩が強い場合
など
(2)例外が適用される理由
このような場合には、通常の通院と比較すると、通院の必要性はかなり薄らいでいると言えます。機械的に通院期間を尺度とすることは相当ではありません。
青本では、1週間に2日の割合での通院を前提に基準を作成しています。この7日に2回という割合での通院頻度、すなわち7分の2(=3.5)を標準通院率として、「実通院日数×3.5=修正した通院期間」とすると説明しています。
つまり、その通院実日数を前提として、仮に標準的な通院割合だったとした場合には、どれだけの通院期間となるかを計算して尺度とするわけです。
赤本における例外も、基本的には同様に考えることができるでしょう。
4.他覚所見のないむち打ち症、軽い打撲・挫創は、赤い本「別表Ⅱ」
(1)他覚所見の有無で異なるむちうち症の扱い
通院慰謝料のうち、むち打ち症だけは注意が必要です。
赤い本では、むち打ちを、他覚所見の有無により別々の基準を適用しているからです。
他覚所見とは、医師が医学的知識に基づき、レントゲン・MRI等の画像、各種の神経学的検査によって、その症状を客観的に認識できる場合です。そのような他覚所見がない場合は、患者本人にしか分からない自覚症状があるにとどまります。
(2)他覚所見のないむち打ちは、「別表Ⅱ」を用いる
赤い本の弁護士基準では、むち打ち症の扱いは次のとおりです。
・他覚所見のあるむち打ち症
他の傷害と同様に「期間」を尺度として「別表Ⅰ」を用いる
「通院実日数の3.5倍程度」を目安とする例外的なケースもある
・他覚所見のないむち打ち症
軽い打撲、軽い挫傷(挫創)と同様に「期間」を尺度として「別表Ⅱ」を用いる
「通院実日数の3倍程度」を目安とする例外的なケースもある
別表Ⅱは、別表Ⅰと比べ、金額が安く設定されています。例えば、入院1か月は、別表Ⅰでは28万円ですが、別表Ⅱでは19万円です。
このように金額が安く設定されているのは、他覚所見のないむち打ち症などの場合、離婚・失業などによる心因的要因や過剰診療、高齢による更年期障害といった、加害者の責任とはいえない理由で通院期間が長くなりがちだからです。
(3)「別表Ⅱ」の例外規定は、「実通院日数の3倍程度」
赤い本は、別表Ⅱを用いる場合にも、別表Ⅰと同様の例外ケースをもうけています。
「通院が長期にわたる場合は、症状、治療内容、通院頻度をふまえ実通院日数の3倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある」
別表Ⅰの例外との違いは、実通院日数の3.5倍ではなく、「3倍」を用いる点だけです。したがって、「6日に2回」=「3日に1回」を標準通院率と想定していることがわかります。
5.弁護士基準(裁判基準)は、たたき台にすぎない
赤い本、青本の弁護士基準について説明をしてきましたが、弁護士基準とは、「基準」という名称はついていても、「相場」、「目安」、「たたき台」にすぎません。
別表Ⅰ、別表Ⅱも、ほんの目安にすぎません。基準に当てはめれば金額が出てくるというほど単純なものではなく、詳細な事情を把握しなくては適正な金額を算出することはできないのです。
しかし、保険会社は、示談交渉で、入通院の実日数を主張し、あたかもこの3倍、3倍の例外規定が原則であるかのように持ち出してくることがあります。
もし、入通院慰謝料でお困りのことがありましたら、泉総合法律事務所にご相談ください。