脊髄損傷の後遺障害慰謝料

脊髄損傷とは

脊髄とは、脊椎動物の中枢神経系の一つで、脳の最下部にある延髄につながっている、脊柱管内に存在する白色の細長い円柱状の器官です。脳と身体の各部分を結んでいる主要な通信経路で、脳からの信号(指令)を体の各部分に伝えたり、身体の各部分からの信号を脳に伝えたりする役割を果たしています。

脊髄損傷とは、交通事故や高所から落下したことなどが原因で、脊髄に強い外力が加わることにより、脊髄が損傷することを言います。 脊髄を損傷すると、脳と体の各部分との間の信号伝達が上手くできなくなり、手足のしびれや四肢の麻痺、排便や排尿などの排泄機能障害、重症の場合は人工呼吸器なしでの呼吸が困難となるなど、様々な障害が生じてしまいます。脊髄のどの部分が損傷したかにより、生じる障害も様々です。

脊髄は脳と同じ中枢神経のため、一度傷ついてしまうと再び機能を取り戻して修復・再生されることはほとんどありません。そのため、現代の医学では決定的な治療方法はなく、完治は難しいとされており、まずは外傷や骨折などの治療を行い、早期にリハビリテーションを進めていくことになります。

なお、脊髄損傷の診断がされた場合、医師の診断書には、頸髄損傷、胸髄損傷、腰髄損傷、中心性脊髄損傷といった傷病名が記載されることもあります。頸髄とは、脊髄の一番上の部分、つまり脳から一番近い部分で、その下に胸髄、腰髄と続きます。中心性脊髄損傷とは、頸髄の中心部のみが損傷した状態です。

症状 ~完全損傷と不完全損傷~

脊髄損傷の局所症状(全身ではなく、部分的に起きる症状)としては、疼痛、叩打痛(こうだつう)、腫脹、変形、可動域制限等がみられます。 そして、脊髄損傷の主な症状として、様々な麻痺が生じます。麻痺は、損傷の程度により、「完全損傷(完全麻痺)」と「不完全損傷(不全麻痺)」に分けられます。

完全損傷は、その名のとおり脊髄の神経伝達機能が完全に壊れた状態で、損傷部以下の運動機能、知覚機能が失われ、完全に麻痺します。麻痺とは、神経や筋肉組織の障害により、筋肉の随意運動(意志によって行われる運動)が著しく困難又は不能になった状態を言います。

不完全損傷は、脊髄の一部が損傷して一部機能が失われた状態で、その損傷の程度や損傷部位により麻痺を含む様々な症状を発症します。たとえば、歩行が困難になったり、手で箸をうまく使うことができなくなるといった症状があります。 また、排便や排尿などの排泄機能が障害されたり、呼吸筋が麻痺して自発呼吸ができなくなることもあり、損傷部位が上位になるほど症状が重篤になります。

麻痺の種類(範囲)

脊髄損傷を運動麻痺の種類によって分類すると、「四肢麻痺」、「対麻痺(ついまひ)」、「片麻痺」、「単麻痺」の4つに分けられます。 四肢麻痺は、両側の上下肢全てにみられる麻痺で、頚髄の損傷により起こることが多いです。四肢麻痺では、損傷部以下の部位に、運動機能、知覚機能、排泄機能、発汗体温調節機能、自律神経系などの障害が生じます。

対麻痺は、両下肢又は両上肢にみられる麻痺で、胸髄や腰髄などの損傷により起こることが多いです。 片麻痺は、左右どちらかの上肢及び下肢にみられる麻痺です。 単麻痺は、上肢又は下肢の一肢のみにみられる麻痺です。

麻痺の程度

麻痺の程度については、運動障害(運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障)の程度をもって判断します。なお、支持性とは、簡単に言うと体を支える機能のことで、巧緻性とは、食事をしたり、文字を書いたりといった手指の器用さ、動作の巧妙さを意味します。

程度 内容 具体例
高度 障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性がほとんど失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作(下肢においては歩行や立位、上肢においては物を持ち上げて移動させること)ができないもの a 完全強直又はこれに近い状態にあるもの
b 上肢においては、三大間接及び5つの手指のいずれかの関節も自動運動によっては可動させることができないもの又はこれに近い状態にあるもの
c 下肢においては、三大間接のいずれかの関節も自動運動によっては可動させることができないもの又はこれに近い状態にあるもの
d 上肢においては、随意運動の顕著な障害により障害を残した一上肢では物を持ち上げて移動させることができないもの
e 下肢においては、随意運動の顕著な障害により一下肢の支持性及び随意的な運動性をほとんど失ったもの
中等度 障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性が相当程度失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作にかなりの制限があるもの a 上肢においては、障害を残した一上肢では仕事に必要な軽量の物(概ね500g)を持ち上げることができないもの又は障害を残した一上肢では文字を書くことができないもの
b 下肢においては、障害を残した一下肢を有するため杖若しくは硬性装具なしには歩行が困難であること
軽度 障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性が多少失われており、障害のある上肢又は下肢の基本動作を行う際の巧緻性及び速度が相当程度損なわれているもの a 上肢においては、障害を残した一上肢では文字を書くことに困難を伴うもの
b 下肢においては、日常生活は概ね独歩であるが、障害を残した一下肢を有するため不安定で転倒しやすく、速度も遅いもの又は障害を残した両下肢を有するため杖若しくは硬性装具なしには階段を上ることができないもの

脊髄損傷と後遺障害の等級

症状から見た後遺障害等級

交通事故の後遺障害については、自賠責保険において、症状の重さにより1級から14級までの等級で評価されます。1級が最も重い後遺障害で、14級が最も軽い後遺障害です。自動車損害賠償保障法施行令(以下、「自賠法施行令」と言います。)では、脊髄損傷について、以下のような基準で1級から12級までの等級を定めています。

ただし、自賠法施行令の基準は抽象的なため、具体的にどのような場合に各等級に該当するのかが判断しにくくなっています。そのため、実務においては、より具体的な基準が規定されている労災保険の認定基準に準じて、自賠責保険の後遺障害等級も認定されています。

等級 後遺障害の内容 (労災保険の認定基準)
別表第1
1級1号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの せき髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの
a 高度の四肢麻痺が認められるもの
b 高度の対麻痺が認められるもの
c 中等度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
d 中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
別表第1
2級1号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの せき髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、随時介護を要するもの
a 中等度の四肢麻痺が認められるもの
b 軽度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
c 中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
別表第2
3級3号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの 生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、せき髄症状のために労務に服することができないもの
a 軽度の四肢麻痺が認められるもの(上記2級1号のbに該当するものを除く。)
b 中等度の対麻痺が認められるもの(上記2級1号のcに該当するものを除く。)
別表第2
5級2号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの せき髄症状のため、きわめて軽易な労務のほかに服することができないもの
a 軽度の対麻痺が認められるもの
b 一下肢の高度の単麻痺が認められるもの
別表第2
7級4号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの せき髄症状のため、軽易な労務以外には服することができないもの
a 一下肢の中等度の単麻痺が認められるもの
別表第2
9級10号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの 通常の労務に服することはできるが、せき髄症状のため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの
a 一下肢の軽度の単麻痺が認められるもの
別表第2
12級13号
局部に頑固な神経症状を残すもの 通常の労務に服することはできるが、せき髄症状のため、多少の障害を残すもの
a 運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺を残すもの
b 運動障害は認められないものの、広範囲にわたる感覚障害が認められるもの

以上、脊椎損傷の後遺障害等級についてでした。ここからは、それらのケースにおいて慰謝料がどれくらい得られるのか、自賠と裁判基準を比較しながら説明していきます。

後遺障害慰謝料(自賠責保険基準と弁護士基準)

等級 自賠責保険の慰謝料基準 (自賠責保険金額) 弁護士基準
1級 1600万円 (4000万円) 2800万円
2級 1163万円 (3000万円) 2370万円
3級 829万円 (2219万円) 1990万円
5級 599万円 (1574万円) 1400万円
7級 409万円 (1051万円) 1000万円
9級 245万円 (616万円) 690万円
12級 93万円 (224万円) 290万円

注)1級の自賠責保険金額4000万円のうち、1600万円が後遺障害慰謝料に相当する額です。以下の級も同様です。

後遺障害として認められるために

自賠責保険の後遺障害等級は、身体的所見及びMRI画像、CT画像等によって裏付けることのできる麻痺の範囲と程度によって認定されます。

したがって、適切な後遺障害等級を認定してもらうためには、脊髄損傷により身体のどの範囲にどの程度の麻痺が生じているかを立証していく必要があるのですが、この立証は容易ではありません。脊髄損傷による後遺障害等級認定のための立証にあたっては、以下の点がポイントとなります。

画像の撮影

脊髄損傷が生じていることを立証するためには、何よりもまずMRI画像、CT画像等の画像所見が重要となります。特にMRIは、人体の軟部組織の撮影に優れており、脳や脊椎などの怪我や病気の検査に高い能力を発揮します。骨折等がなくXPやCTでは映らない中心性脊髄損傷の損傷部位がMRIで見つかることがありますから、事故からなるべく早い段階でMRIの撮影をすることが肝要です。事故から長期間を経過してしまうと、仮に何か異常所見があっても、事故との因果関係を争われる可能性があります。

なお、解像度の高いMRIでなければ撮影されない損傷もあるので(1.0テスラMRI、1.5テスラMRI、3.0テスラMRIなどがあります。テスラとは磁力の大きさをあらわす単位で、数値が大きくなるほどMRIの解像度が高くなります。)、可能なかぎり設備の充実した病院で、解像度の高いMRIを使用して撮影してもらうことをおすすめします。

症状の記録化

1 自覚症状を医師にきちんと伝える

事故後身体に異常を感じたら、医師にその症状(どの部位にどのような異常があるか等)を訴え、カルテや診断書に記載してもらうことが重要です。麻痺の症状だけでなく、局所症状についてもきちんと医師に伝えましょう。また、異常を感じたらすぐに医師に訴えることも重要です。麻痺等の脊髄損傷により生じる症状が事故直後から生じていたかどうかは、裁判で脊髄損傷の有無が争われた場合に結論に影響を与える重要なポイントになるからです。

2 各種検査の実施

脊髄損傷による神経症状が生じていることを記録化するために、以下のような各種検査を受けることも重要です。検査により、脊髄損傷を裏付ける結果が出た場合、医師にその所見をきちんとカルテ等に記載してもらえば、適切な等級認定の獲得につながります。

①徒手筋力テスト(MMT)

徒手筋力テスト(MMT)とは、患者の上肢又は下肢の各動作に対し、医師が手で圧力を加え、その圧力に抵抗して動作を保持できるかどうかにより、患者の筋力がどの程度低下しているかをみる検査です。 脊髄を損傷すると、神経に麻痺が生じ、その神経が通っている筋肉を使用しなくなるため、筋力が低下してしまいます。

②深部腱反射テスト

深部腱反射テストとは、膝や肘などの腱をゴムハンマーで叩いて、腱反射(筋収縮の様子)が正常かどうかを調べる検査です。 脊髄を損傷すると、筋収縮を抑制することができなくなり、反射が過剰に強くなります。

③病的反射テスト

病的反射テストとは、通常健常者であれば現れない、中枢神経系が障害されたことにより現れる反射(病的反射)を調べる検査です。主なものとして以下のものがあります。

・ホフマン反射:患者の中指を爪側から掌側に強くはじいて、他の指が反射的に曲がるかどうかを確認します。中枢神経障害があると、親指が内側に屈曲します。 トレムナー反射:患者の中指を掌側から爪側に強くはじいて、他の指が反射的に曲がるかどうかを確認します。中枢神経障害があると、親指が内側に屈曲します。

・バビンスキー反射:足の裏の小指側をとがったもの(ボールペンなど)で踵からつま先に向けてゆっくりこすり、指の付け根付近まできたら検査具の先端を内側(親指側)に曲げます。中枢神経障害があると、親指は足の甲の方に反り返り、他の指は外側に扇状に開きます。

・ワルテンベルク徴候:患者の親指以外の4本の指を屈曲させた状態で、検査者と引っ張り合いをさせます。錐体路障害があると親指が内側に屈曲します。

④筋萎縮検査

筋萎縮検査とは、左右の手足の筋力の周囲径を計測する検査です。 脊髄を損傷すると、神経に麻痺が生じ、その神経が通っている筋肉を使用しなくなり、筋力が低下するため、筋肉がやせ細って(萎縮)していきます。

後遺障害診断書の取得

後遺障害等級認定を受けるには後遺障害診断書の取得が必須ですが、ただ漫然と医師に記載してもらえばよいというものではありません。自覚症状を医師にきちんと伝えて記載してもらうことはもちろん、それと整合する他覚的所見や裏付けとなる客観的な検査結果等も詳しく記載してもらうことが重要です。

脊髄損傷に関する裁判例紹介

1 大阪地裁平成7年3月2日判決

【事故状況】 交差点において、北から南に直進してきた原告車両(自転車)に南東から北へ右折しようとした被告車両(普通乗用自動車)が衝突。
【被害者】 男性、塗装工(事故時46歳、症状固定時47歳)
【原告の主張する受傷内容】 胸腰部打撲による脊髄(胸髄下部)損傷
【判決の概要】 原告(被害者)は、胸腰部を打僕して脊髄(胸髄下部)損傷の傷害を負った結果、両下肢麻痺、両下肢痺れ・筋力低下、起立歩行不可の後遺障害(1級8号に相当)が残り、労働能力を完全に喪失したと主張し、被告(加害者)は、脊髄損傷ではなく、歩行障害をきたす先天性奇形体質やヒステリー・賠償神経症等の心因的要因であって、本件事故と相当因果関係がないとして争いました。(なお、自賠責は、障害程度の判定が困難であるとの理由により、損害賠償額の支払を拒否しました。)

裁判所は、

  1. ①原告は、本件事故直後、排尿困難を訴えて軽度の下腹部緊満が認められたほか、顔面に冷や汗をかき、苦痛の表情で「身体に触らないでくれ。」と言い、腰部痛及び右肘から手先の痛みを強く訴え、ぴりぴりした痺れが少し認められたが、これらは脊髄損傷の初期症状と相当に類似性があること
  2. ②原告は、本件事故を機に、自力歩行が相当に困難な状態が発現したと考えられること
  3. ③原告には胸髄11髄節以下の知覚障害がほぼ一貫して認められており、これは、胸椎10-11椎体レベルの胸髄内に異常を認めたMRI検査結果と符合すること
  4. ④胸髄MRI検査結果自体、当該部位に外傷による胸髄損傷が生じている可能性を窺わせる他覚的所見であること
  5. ⑤原告の症状には脊髄ショック等脊髄損傷の典型的な諸徴候が明確には認められないものの、脊髄損傷の部位・程度によって右徴候の有無・程度には相当広範囲な差異があり、画像診断で捉えられない脊髄損傷も存在すること

を総合考慮すれば、本件事故による外力が、原告の脊髄に損傷等の影響を与え、両下肢麻痺の一因となったことが認められ、本件事故と原告の両下肢麻痺との間に相当因果関係を認めることができると認定しました。

ただし、原告が心筋梗塞を発症(これが本件事故と相当因果関係のある後遺障害であることを認めるに足りる証拠はない。)した以降は、心筋梗塞の再発防止のためリハビリを行うのが難しい状況となり、筋萎縮が著しく進行して痙性完全麻痺に至ったのであり、心筋梗塞発症以降の両下肢麻痺の悪化については本件事故との相当因果関係が認められないとして、後遺障害の等級については5級2号に該当するとしました。

【認定された後遺障害等級】 5級2号
【後遺障害慰謝料】 1150万円
【労働能力喪失率】 80%
【労働能力喪失期間】 20年間
【後遺障害による逸失利益】 3617万3989円

2 大阪地裁平成18年4月26日判決

【事故状況】 被告車両(普通乗用自動車)が停車中の原告車両(普通乗用自動車)に追突した。
【被害者】 男性(症状固定時27歳)
【原告の主張する受傷内容】 脊髄損傷(頸髄損傷、胸髄損傷の疑い、胸椎骨折の疑い等)
【判決の概要】 原告(被害者)は、本件事故により、脊髄に損傷を受け、四肢不全麻痺等の障害を負ったとして、後遺障害等級5級2号を主張し、被告(加害者)は、原告には後遺障害が存在しないとして争いました。(なお、自賠責は、頸髄損傷による四肢不全麻痺等の症状が認められるとして、後遺障害等級5級2号を認定しました。)

裁判所は、本件事故直後に原告に生じていた意識消失及び反射の異常の症状は、原告が意図的に作出することは困難であること、原告は、本件事故直後から症状固定の診断を受けるまで1年以上の長期間にわたり概ね一貫して、両手の巧緻性障害、しびれ(四肢、体幹)、歩行困難の各症状を訴え、症状固定診断の後も、同様の症状を訴えており、原告の動作・挙動は、これらの症状が実際に存在している場合の動作・挙動と一致していること、仮に、原告が、偽ってそのような動作・挙動をしているのであれば、人目につかないところで健康な人と同じ動作をしている場面を目撃されるなどして、症状を偽っていることが露見してしまうことが多いと考えられるが、そのような場面が露見した事実は認められないこと、被告が指摘する各事情は、原告の症状が存在しないことを強く推測させるものとは認められないこと、他覚症状(反射異常、意識消失)が本件事故直後から発現していること、原告の主張する各症状は脊髄損傷として説明可能であり、原告の主治医2名が原告の諸症状の原因を脊髄損傷と診断していること、本件事故の態様が脊髄損傷の可能性を排斥できるほどに軽微なものとはいえないこと、画像所見からも脊髄損傷の可能性は一概に否定できないことを併せて考慮するならば、原告には、自覚症状として両手の巧緻性障害、しびれ(四肢、体幹)、歩行困難があり、また、四肢深部反射亢進、病的反射陽性、知覚障害、握力低下、歩行困難、神経因性膀胱、頸椎部運動障害があったものと認めるのが相当であるとしました。

その上で、裁判所は、本件事故前にはなかった歩行困難等の諸症状が本件事故直後から原告に発生し、原告の諸症状は脊髄損傷により生じたものとした場合、一応の説明が可能であり、原告の主治医2名が、原告の諸症状の原因を脊髄損傷と同定し、本件事故の態様は本件事故による脊髄損傷の発生の可能性を排斥するほど軽微なものでなく、画像所見からも第5頸椎付近で脊髄損傷があった可能性を否定できず、これらの諸事情を総合して考慮するならば、前記の原告の諸症状は、本件事故に基づく原告の脊髄損傷に由来するものであると認めるのが相当であり、本件事故と原告の本件障害との因果関係があると認定しました。

【認定された後遺障害等級】 5級2号
【後遺障害慰謝料】 1400万円
【労働能力喪失率】 79%
【労働能力喪失期間】 40年間
【後遺障害による逸失利益】 3326万3732円

3 大阪地裁平成20年7月31日判決

【事故状況】 信号機のない交差点において、西から東に向かって時速70キロメートルないし80キロメートルで直進した被告車両(普通乗用自動車)が、右方道路から交差点に進入してきた原告車両(自転車)に衝突し、原告をボンネットに跳ね上げたまま、衝突地点から約39.7メートルの地点まで進行した上で同人を地面に落とした。
【被害者】 男性、会社員(事故時59歳、症状固定時63歳)
【原告の主張する受傷内容】 脊髄不全損傷、左腓骨骨幹部骨折、脊椎の多発骨折(第6・第7頸椎棘突起骨折、第1胸椎破裂骨折)等
【判決の概要】 原告(被害者)は、本件事故により脊髄損傷を負ったと主張し、被告(加害者)は、原告が本件事故によって脊髄損傷を負ったことを争いました。(なお、自賠責は、頸髄損傷による後遺障害等級3級3号を認定しました。)

裁判所は、原告は本件事故によって脊髄不全損傷を負ったと認定しました。その理由として、まず、本件事故の状況、フロントガラスも天井も大きく損壊している加害車両の状況からみて、原告に脊髄不全損傷が生じたとしても不自然ではない程度の衝撃の大きさであったと認定し、原告の第1胸椎の椎体が完全にひしゃげてしまっていた状態に鑑みると、その椎体の後ろ側にある脊髄の一部が損傷を受けた可能性は高いとしました。

次に、原告に現に生じている両下肢痙性不全麻痺及び両下肢知覚障害の障害は、脊髄(頸髄及び胸髄を含む。)の索路症状と認められること、原告に排尿・排便障害があることから、脊髄不全損傷を推認させるとしました。

そして、本件事故直後の画像所見(圧迫所見や髄内輝度変化)からは脊髄損傷を認める余地がないという被告の主張に対し、「脊髄不全損傷は、知覚や運動が完全に麻痺する完全損傷とは異なり、損傷の部位・程度、損傷形態等により、代表的とされる各種症状の有無・程度には広範囲の差異があるとされ、画像で明確に捉えられない脊髄不全損傷があっても矛盾しないと言えるから、画像所見のないことが決定的なものとはならない。」としました。

また、本件事故に近接した時期には原告の両下肢の痙性麻痺を疑わせる症状もなく、両下肢の知覚障害も認められなかったにもかかわらず、事故から2年ないし3年経過後に痙性麻痺や知覚障害が生じることは脊髄損傷ではあり得ないという被告の主張に対しては、「本件事故に近接した時期に全く麻痺や知覚障害がなかったとまでは言えない。」、「脊椎固定隣接障害や脊髄不全損傷により、遅発的に麻痺が進行したり、損傷脊髄由来の疼痛が悪化することは臨床医がしばしば経験するところであるから、仮に本件事故に近接した時期に麻痺や知覚障害が現れていなかったとしても、原告が脊髄不全損傷の傷害を負ったと推認することを左右するものではない。」としました。

【認定された後遺障害等級】 3級3号
【後遺障害慰謝料】 1900万円
【労働能力喪失率】 100%
【労働能力喪失期間】 9年間
【後遺障害による逸失利益】 2306万3744円

4 東京地裁平成17年3月28日判決

【事故状況】 被告車両(普通乗用自動車)が交差点に右折進入した際、交差する道路の右側から走行してきた原告車両(普通乗用自動車)と衝突。
【被害者】 男性(事故時46歳、症状固定時47歳)
【原告の主張する受傷内容】 頚髄損傷等
【判決の概要】 原告(被害者)は、本件事故により頚髄損傷等を負ったと主張し、被告(加害者)は、①原告の本件事故による傷害は、軽い挫傷・打撲傷程度であり、頚髄不全損傷ではない、②仮に、原告に本件事故による後遺障害が発生したとしても、その程度は等級14級程度にすぎないと争いました。(なお、自賠責等級は不明。)

裁判所は、原告の症状は頚髄不全損傷とはいえず、外傷性頚部症候群及び外傷性神経症(詐病を含む。)が妥当な診断名であるとする鑑定、原告において頚髄損傷と診断できる神経学的臨床所見が全くなく、画像所見でも頚髄損傷像はなく、入院中頻繁に外泊しているような頚髄損傷患者はいないとの記載がある医師の意見書等から、「原告が、本件事故により、外傷性頚部症候群ないし外傷性神経症の傷害を負ったとは認められるものの、頚髄不全損傷の傷害を負ったとは認め難い。」としました。

そして、原告が訴える諸症状(頚部、背部痛とその他の症状)の多くは、外傷性頚部症候群と外傷性神経症に由来すると理解するのが相当であるが、前腕のしびれや感覚低下については、本件事故に起因して発症したものとして、後遺障害等級12級12号に該当すると認定しました。

【認定された後遺障害等級】 12級12号(ただし、脊髄損傷によるものではない)
【後遺障害慰謝料】 290万円
【労働能力喪失率】 14%
【労働能力喪失期間】 10年間
【後遺障害による逸失利益】 585万9312円

5 東京地裁平成20年5月8日判決

【事故状況】 本件事故現場付近の道路を直進して交差点内に進入した原告車両(普通自動二輪車)と、対向する車線から右折のため交差点内の原告車の走行する車線内に進入してきた被告車両(普通貨物自動車)の右前角部とが衝突し、原告車両は転倒した。
【被害者】 男性、職業ドライバー(事故時29歳、症状固定時30歳)
【原告の主張する受傷内容】 胸髄損傷(第3、4胸椎破裂骨折)等
【判決の概要】 原告(被害者)は、本件事故により、胸髄損傷(第3、4胸椎破裂骨折)、右上腕骨及び肩甲骨骨折の傷害を負い、第3胸椎以下の完全対麻痺、自律神経障害の強い残存(体幹・下肢の疼痛著明)、直腸・膀胱障害との障害を残して症状が固定し、自賠責で後遺障害等級1級1号が認定されました。

原告は、本件事故により、第3、4胸椎破裂骨折に伴う脊柱の奇形障害、運動障害が残存したため、上半身のうち胸より下が完全に麻痺した状態にある上、腹筋も使えないため、両手を離した状態で位置を保つことができず、絶えず一方の手か肘をどこか固定したところに置き、身体を支えていなければならないことから、一方の手で軽量のものを持つ、字を書く程度のことしかできなくなったとして、労働能力が100パーセント失われたと主張しました。

これに対し、被告(加害者)は、上半身についてはほとんど障害が認められず、また、車いすを利用した自力移動が可能であることに照らせば、少なくとも健常人の2割程度の収入を得ることができる蓋然性があるといえ、労働能力喪失率は、8割を基準とすべきであると争いました。

裁判所は、原告は、「胸より上の部分は動かすことができるため、デスクワーク等の上半身の動作のみを要する軽度の事務に限定した労働に就業することが全く考えられないわけではないとしても、姿勢の保持などの観点から、継続して就労するのに著しい困難を伴うことは想像に難くなく、仮に原告の意欲的な取り組みにより何らかの業務に従事することができるとしても、それは原告の著しい努力によるものであるか、又は周囲の者による通常の域を超えた深い理解と強い援助の結果によるものである可能性が極めて高い。」とし、「原告の日常生活に関する動作制限の状況をも併せ考えれば、原告の労働能力は、本件事故の後遺障害により100パーセント失われたものと評価するのが相当である。」と認定しました。

【認定された後遺障害等級】 1級1号
【後遺障害慰謝料】 2800万円
【労働能力喪失率】 100%
【労働能力喪失期間】 37年間
【後遺障害による逸失利益】 7417万2661円

6 東京地裁平成19年 8月21日

【事故状況】 交通整理の行われている交差点において、原告車両(普通自動二輪車)が青信号に従って進行していたところ、対向して本件交差点に入り右折しようとした被告車両(普通乗用自動車)と衝突。
【被害者】 男性、アルバイト(事故時25歳、症状固定時26歳)
【原告の主張する受傷内容】 胸椎脱臼骨折等
【判決の概要】 原告(被害者)が、本件事故により、胸髄損傷による完全対麻痺、膀胱・直腸障害の後遺障害を負い、労働能力を100%喪失したと主張して、逸失利益を請求しました。 これに対し、被告は、原告が本件事故の発生した後、元の勤務先に復帰していることから、逸失利益が認められるとしても、職種変更等による減収分に限られると主張しました。

裁判所は、「原告X1は、本件事故の発生する約8か月前の平成15年4月6日から、自動2輪車のオークション販売を事業の主な目的とする株式会社ビーディーエスにスタッフサポーターと称されるアルバイトに類する立場で勤務を開始し、本件事故前にはオークションの実施に関係する推進課に勤務していたところ、本件事故後の平成18年初めころから再びアルバイトとして業務課に勤務を開始したが、実際に従事し得る業務は坐位によってすることができるコンピューターの入力作業に限られ、労働日、労働時間及び1時間当たりの賃金のいずれにおいても従前より条件が低下し、膀胱・直腸障害等の本件事故による後遺障害のために上記の業務の遂行にも支障が生じていたこと、原告X1が上記のように本件事故後に同社での勤務を再開することができたのは、原告X1の就労への強い意欲によるほか、会社側の関係者の理解によるものであったが、勤務先の移転等の事情もあって、原告X1の勤務は同年中に終了したこと、その後、原告X1は、簿記の資格の取得を試みるなどしているが、雇用先を見出せない状況にあることが認められる。」として、原告の労働能力は100パーセント失われたと認定しました。

【認定された後遺障害等級】 1級1号
【後遺障害慰謝料】 2800万円
【労働能力喪失率】 100%
【労働能力喪失期間】 41年間
【後遺障害による逸失利益】 7579万1923円

モデルケース

1 女性(症状固定時50歳)、会社員(年収700万円)、後遺障害等級3級3号

【後遺障害慰謝料】

1990万円(弁護士基準)

【労働能力喪失率】

100%(後遺障害等級3級3号の労働能力喪失率)

【労働能力喪失期間】

17年間(症状固定時の50歳から67歳まで)

【後遺障害による逸失利益】

7891万8700円(700万円×100%×ライプニッツ係数11.2741)

2 男性(症状固定時37歳)、会社員(年収400万円)、後遺障害等級7級4号

【後遺障害慰謝料】

1000万円(弁護士基準)

【労働能力喪失率】

56%(後遺障害等級7級4号の労働能力喪失率)

【労働能力喪失期間】

30年間(症状固定時の37歳から67歳まで)

【後遺障害による逸失利益】

3443万4400円(400万円×56%×ライプニッツ係数15.3725)

3 男性(症状固定時21歳)、大学生(年収0万円)、後遺障害等級12級13号

【後遺障害慰謝料】

290万円(弁護士基準)

【労働能力喪失率】

14%(後遺障害等級12級13号の労働能力喪失率)

【労働能力喪失期間】

45年間(大学卒業時の22歳から67歳まで)

【後遺障害による逸失利益】

1648万8215円(平成28年賃金センサス男大学・大学院卒662万6100円×14%×ライプニッツ係数17.7741)

部位別後遺障害慰謝料一覧

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