逸失利益
逸失利益とは、「死亡」もしくは「後遺症が残存した」(労働能力を喪失した)ことによって、「喪失した労働能力に応じて、収入も減少するであろう」という損害の概念のことを指します。
交通事故被害者がもらうことができる逸失利益の種類としては、後遺障害逸失利益と死亡逸失利益があると言われています。
後遺障害逸失利益は、喪失した労働能力の部分を、将来にわたって得られたであろう利益として金銭に置き換えたものを言います。本来、後遺障害逸失利益は、障害の「程度」、被害者の「年齢」、「性別」、「職業」などによって個別に勘案すべき性質のものではありますが、それは事実上不可能であるため、認定された後遺障害等級に応じて労働能力喪失率(労働能力を喪失した割合)が定められ、その割合に応じて後遺障害逸失利益を算定(計算)します。
逸失利益の算定(計算)は、労働能力の低下の程度、収入の変化、将来の昇進・転職・失業などの不利益の可能性、日常生活上の不便なども、総合的に勘案して検討するべきとされています。
ただし、この後遺障害逸失利益の算定(計算)にあたっては、「現実的な収入の減少がある場合にのみ逸失利益を算定する」(差額説)という考え方と、「障害が残存したということは、労働する『能力』が減少したのであるから、その収入の減少の可能性を補填する」(労働能力喪失説)という考え方が対立しているとも言えます。
最高裁判所の判例は「差額説」をとる、と言われていますが、地裁レベルでは「労働能力喪失説」を採用していると思われる例が多く存在しています。
逸失利益の相場(計算方法)
後遺障害逸失利益は以下の方法によって計算されます。
基礎年収①×労働能力喪失率②×労働能力喪失期間③に対応するライプニッツ係数④
① 基礎年収
・原則は、事故前の現実的な年収額を指します。通常は、事故前年度の源泉徴収票や確定申告書を参照します。
・若年労働者(30歳未満が目安)の場合には、実年収と賃金センサス(男女別の全年齢平均)を比較して、金額の高い方を採用します。
・現実年収を採用すべき事案で、確定申告をしていないなどの理由で年収の額を公的に証明できないときは、逸失利益の算定には、困難な証明が伴います。
たとえば、被害者が自営業者の場合、確定申告に基づく所得を基礎年収としますが、申告額と実収入が異なる場合には、立証があれば実収入額を基礎とすることもあります。
しかし、裁判所の傾向は、過少申告者に厳しい(実年収での算定を認めない)と言えます。
・自営業が、家族の労働などの総体で形成されているような場合には、所得に対する本人の寄与部分の割合によって基礎年収を算定することになります。
・有職主婦の場合、実収入が平均賃金(賃金センサス女性全年齢)以上のときは実収入にて、平均賃金を下回るときは平均賃金にて算定することが一般的です。
なお、死亡逸失利益の欄で、属性ごとに詳細を記載していますので、そちらもご参照ください。
② 労働能力喪失率
・基本は、自賠責保険における後遺障害等級認定の等級によります。
・後遺障害の有無も含めての話ではありますが、裁判所は自賠責損害調査事務所の認定結果を、重要視する傾向が強いと言われています。そのため、できるだけ裁判前に後遺障害等級については異議申立などの手続により、ある程度確定させておいた方がよいと言われています。
・逸失利益の算定において、「逓減方式(ていげんほうしき)」をとる判例もあり、保険会社もこれを踏襲する傾向があります。
「逓減方式」とは、逸失利益の算定において、たとえば最初の10年間は第10級相当の27%、次の20年間は第12級相当の14%として、期間に応じて労働能力喪失率を徐々に減らして計算する方式のことを指します。
③ 労働能力喪失期間
・労働能力の喪失の年限は、67歳までとされています。
・幼児・学生の逸失利益は、原則18歳から算定することとされています。つまり、症状固定時点から18歳までの係数は控除することになります。
・個別具体的な後遺障害の内容(部位及び症状など)によっては、67歳までの期間を計算しないこともあります。たとえば、むち打ちなどに起因する後遺障害(14級または12級)については、4級では5年間が上限とされ、12級では10年が上限とされています。
・ただし、保険会社は、基本的に労働能力喪失期間を67歳までの期間とはせず、比較的短期間で区切ってくることが多いようです。
④ ライプニッツ係数
・ライプニッツ係数とは、将来に生じたであろう損害の賠償金を現在の一時期にまとめて受け取ることになるため、将来利息をその期間に応じて控除すべきという考え方に基づいて設けられた係数の一つです。
ライプニッツ係数は複利計算の係数で、現在、一般的に使用されており、労働能力喪失期間に応じて係数が定められています。
死亡逸失利益とは、死亡したことによって、労働能力が完全に失われるので、死亡しなければ、本来、得られたであろう収入の喪失が死亡逸失利益と言われています。
死亡逸失利益は以下の方法によって計算されます。
計算方法
基礎年収①×(1-生活費控除率)②×死亡時の年齢から67歳までの期間に対応するライプニッツ係数③
① 基礎年収(基礎収入)
逸失利益算定の「基礎となる収入」は、原則として事故前一年間の「現実収入」となります。ただし、将来、現実収入額以上の収入を得られる立証があれば、その金額が基礎収入とされます。
被害者が「30歳未満の若年労働者」の場合に、賃金センサス全年齢平均を採用します。
ⅰ 有識者
ア 給与所得者(会社員等)の場合
・原則は、事故前一年間の実収入を基礎とします。基本的には勤務先発行の源泉徴収票などにより収入額を証明します。
・転職をしたばかりや、失職し就職活動中であった場合などは、それ以前の収入状況などを公的書面で証明する必要があります。
イ 自営業者などの場合
・自営業者、自由業者、農林水産業などについては、申告所得を参考にします。
同申告額と実収入が異なる場合には、立証があれば実収入額を基礎とされることもありますが、訴訟上では争いになることが多く、過少申告者が、逸失利益や休業損害の算定を求めるためだけに、修正申告をしたとしても、基礎収入として採用されないこともあります。
・所得が資本利得や家族の労働などの総体のうえで形成されている場合には、所得に対する本人の寄与部分を割合によって算定することとなります。
ウ 家事従事者
・基礎年収は、女性労働者全年齢平均の賃金額を基礎とします。
・有職主婦(兼業主婦)の場合は、実年収を参照しつつ、女性労働者全年齢平均の賃金額を基礎とします。
エ 会社役員
労務提供の対価部分は認められやすいと言われていますが、利益配当の実質をもつ部分は消極的です。ただし、死亡逸失利益、後遺障害逸失利益においては、「会社役員」であることだけを理由に、逸失利益を低く抑える根拠にはならないと言われています。賃金センサスにおける全年齢平均や年齢別の平均賃金とのバランス、自賠責保険が使用している平均給与額(全年齢、年齢別平均)などとの比較検討も重要です。
ⅱ 無職者
ア 学生・生徒・幼児など
・基本は、賃金センサスの男女別全年齢平均の賃金額を基礎とします。
・女性年少者の逸失利益については、女性労働者の全年齢平均賃金ではなく、男女を含む全労働者の全年齢平均賃金で算定するのが裁判実務上、一般的です。ただし、示談交渉段階において、損保は、女性の平均値で計算をすることが多いようです。
イ 高齢者・年金受給者など
・就労の蓋然性があれば、賃金センサス男女別、年齢別平均賃金額を基礎とします。
・高齢者の死亡逸失利益としては、原則「年金」部分も計算します。
ウ 失業者
・労働の能力、および労働の意欲(雇用保険などの受給要件で言う「働く意思と能力」を有すること。)があり、就労の蓋然性があれば請求すべきであるとされ、認められる可能性が高いとされています。ただし、金額については争いになることがあります。
・基本的には、再就職によって得られたであろう収入を基礎とすべきですが、あくまでも理屈上の話となってしまいますので、再就職の目処が立たない段階での受傷ですと、失業前の収入を参考とせざるを得ないと言われています。
・しかし、失業以前の収入額が平均賃金以下でも、平均賃金が得られる蓋然性があれば、賃金センサスによります。
② 就労可能年数
・原則として67歳までとされています。高齢者については平均余命年数の2分の1とされています。
・未就労者(幼児・児童・学生)の就労の始期は、原則18歳です。
・高齢者の場合、67歳までの就労可能年数と平均余命の2分の1の、いずれか長期の方を採用します。
・年金の逸失利益を計算する場合は、平均余命年数とします。
③ ライプニッツ係数
・労働能力喪失期間に対応する中間利息控除のために設けられた係数です。
④ 生活費控除
通常の人は、得た収入のうちのある一定部分は自らのために消費します。
たとえば、30万円の給与を得ている人は、そのうち家族の生計維持のために払う費用のほかに、自分のためだけに使う金額もあるはずです。それを「控除する」のが生活費控除の概念です。
ただ、現実的な生活費比率を把握することは困難ですから、その被害者の属性によって、以下の取り扱いが慣例となっています。
ア 一家の支柱
・被扶養者一人の場合…40%
・被扶養者二人の場合…30%
イ 女性(主婦、独身、幼児等を含む)
…30%
ウ 男性(独身、幼児等を含む)
…50%
エ 年金部分
年金部分についての生活費控除率は、通常より高くされる例が多いとされています。おそらく「年金は生活の原資」であるはず、という考え方によると思われます。
高齢被害者の場合、「年金」を逸失利益として算定するかどうかが問題になります。
自賠責保険における、考え方は次のとおりと言われています。
[算定する場合の前提]
ア 当該年金が、過去の「労働」の「対価」としての性質を有していること。
たとえば、国民年金、厚生年金は、算定の検討対象となります。
福祉的な年金(障害年金等)は、労働の対価性がないとして、認められない傾向です。
イ 67歳以降の期間であること。
就労の可能性に基礎を置く逸失利益を算定する期間と重複する期間は、たとえ労働の対価的性質を有していても算定しません。二重の利得になる可能性があるためです。
以上のとおり、逸失利益については少々難しく感じるかもしれません。泉総合事務所では適切な逸失利益を請求するためのサポートを万全の体制で行いますので、逸失利益でお困りの方は、泉総合法律事務所に是非ともご相談ください。