前方不注意で起きた事故|過失割合について
車の運転をしていて、もらい事故で交通事故の被害者になってしまうといったことは珍しくありません。
相手方が任意保険に入っていれば、相手方保険会社から損害賠償の支払いを受けられますが、保険会社の提示額が思ったよりも低いケースは多いです。
特に、自分は何も悪くないと思っていたのに、「そちらも前方不注意だから」などと言われ、受けた損害額を何割も減らされるということがあります。
ここでは、「前方不注意だから減額する」というのはどういうことなのか、過失割合というのはどうやって判断するものなのかを解説します。
1.過失割合(過失相殺率)とは
交通事故の損害賠償は、加害者に運転上の過失、つまり注意義務違反があれば、この過失によって起こった事故による損害を賠償する責任があると法律の規定によって認められています。
ただし、多くの交通事故は双方の運転者に過失があります。自分では相手方が加害者だと思っていても、相手方からすると、相手方が受けた損害についてこちらも賠償すべきだと考えるのが通常です。
そこで、交通事故の損害賠償では、双方の過失の大きさを割合で表して、それぞれ相手方に対する賠償の請求は、自分の過失分を差し引いた額についてだけ認める、とされているのです。
これを過失相殺といい、双方の過失の大きさの割合を「過失割合」「過失相殺率」と言います(両者は厳密には違うものですが、事実上同じように使われているため、ここでは特に区別しません)。
過失割合は合計10もしくは100の数字で表すことが多く、例えば「過失割合は相手方7、こちら3」と言う場合には、こちらの損害の30%が相手方から支払われる賠償額から差し引かれる、という意味になります。
[参考記事]
交通事故における過失相殺とは何か?わかりやすく解説
2.前方不注意による減額
自動車を運転する者はすべて、事故の発生を防止するために前方に注意して運転する義務が課されています(道路交通法に規定されている安全運転義務の一つです)。
これは全ての運転者の義務であるため、被害者側からするとほとんど避けようのないような事故でも、過失割合が10対0となるケースは少ないです。
動いている自動車同士の事故では、前方不注意を理由として、最低でも10%程度の過失がとられてしまうのが実情なのです。
(しかし、例えば、青信号で交差点を通過中に赤信号を無視した車に横からぶつけられたりした場合には、原則としてこちらの過失は0となるでしょう。)
なお、過失割合については、日々大量に発生する交通事故の迅速且つ公正な処理を行なう必要性から、認定の基準を掲載した書籍が発行されています。
特に、東京地方裁判所の交通事故に関する事件を専門に扱う部に所属した裁判官が集まって執筆した「別冊判例タイムズ第38号 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準 全訂5版」(東京地裁民事交通訴訟研究会編)が、主導的な役割を果たしています。
この本では、過去の膨大な交通事故に関する裁判例の分析を元に、事故当事者の属性(四輪自動車、バイク、自転車、歩行者)、事故の場所(交差点かどうか、信号の有無、優先関係、高速道路の場合など)、事故の態様(出会い頭、右直事故、正面衝突など)で細かく類型化され、それぞれの場面での過失割合が掲載されています。
基準は具体的な事故のケースごとに、まず「直進車30、右折車70」といったように基本過失割合が定められた上で、さらに「夜間の場合+10」など、過失割合に影響のある事情が修正要素としてあげられていて、この修正後の割合がその事故に適用される過失割合ということになります。
この基準は、保険会社からの示談の提示、弁護士が入っての示談交渉、ADR手続による斡旋、裁判所における民事調停や訴訟など、交通事故に関するあらゆる場面で参考にされます。
以下、この基準を元にいくつか例をあげて、前方不注意が過失割合としてどのように考慮されているのかを説明します。
3.前方不注意の過失割合の具体例
(1) 事例1
- 四輪車同士の事故
- 信号機により交通整理の行われていない交差点における事故
- 一方が優先道路である場合(別冊判例タイムズ第38号【105】事案)
【基本過失割合】
優先車A:劣後車B=10:90
【修正要素】
(1)優先車Aに不利に修正
ア Bの明らかな先入 +10
イ Aの著しい過失 +15
ウ Aの重過失 +25
(2)優先車Aに有利に修正
ア Bの著しい過失 -10
イ Bの重過失 -15
優先道路を走っていたところ、交差する道路から車が入ってきてぶつかった、という場面です。
優先車も前方注意義務や、交差点を走行する際の交差道路を通行する車両への注意義務(道路交通法36条4項)などを根拠として、10%の過失割合が認められてしまうのです。
[参考記事]
交通事故の過失割合9対1の示談金!1割の過失で揉めそうな場合
(2) 事例2
- 四輪車同士の事故
- 道路外出入車と直進車との事故
- 道路外から道路に進入するため右折する場合(別冊判例タイムズ第38号【147】事案)
【基本過失割合】
直進車A:路外車B=20:80
【修正要素】
(1)直進車Aに不利に修正
ア Bが頭を出して待機 +10
イ Bの既右折 +10
ウ Aがゼブラゾーン進行 +10~20
エ Aが15km/h以上の速度違反 +10
オ Aが30km/h以上の速度違反 +20
カ Aにその他の著しい過失 +10
キ Aにその他の重過失 +20
(2)直進車Aに有利に修正
ア 幹線道路 -5
イ Bに徐行なし -10
ウ Bにその他の著しい過失 -10
エ Bの重過失 -20
道路を走っていたところ、沿道のお店の駐車場などの路外から車が道路に進入してきてぶつけられた、という場面です。
このような場合でも、路外車が減速・徐行していることを前提に、直進車も通常の注意義務を尽くしていれば路外車があることを認識することが可能であるとして、軽度の前方不注意があるとして、20%の基本過失が認められています。
さらに、直進車にスピード違反などがあれば過失割合が10~20%加算されます。
[参考記事]
交通事故の過失割合8対2!2割の過失で揉めそうな場合
(3) 事例3
- 四輪車同士の事故
- 同一方向に進行する車両同士の事故
- 進路変更車と後続直進車との事故(別冊判例タイムズ第38号【153】事案)
【基本過失割合】
後続直進車A:進路変更車B=30:70
【修正要素】
(1)後続直進車Aに不利に修正
ア Aがゼブラゾーンを進行 +10~20
イ Aが15km/h以上の速度違反 +10
ウ Aが30km/h以上の速度違反 +20
エ Aにその他の著しい過失 +10
オ Aにその他の重過失 +20
(2)後続直進車Aに有利に修正
ア 進路変更禁止場所 -20
イ Bの合図なし -20
ウ Aが初心者マーク等 -10
エ Bにその他の著しい過失 -10
オ Bの重過失 -20
道路を走っていたところ、隣の車線で前を走っていた車が自車の進路上に進路変更してきてぶつかった場面です。
自車の後続車が無理な追い抜きをして割り込んできた場面ではなく、はじめから隣の車線の自車よりも前に走っていた場面であるため、いきなり入ってきて危ないと思っても、こちらの前方不注意の過失もやや大きく、基本過失が30%と高めとなっています。
[参考記事]
交通事故の過失割合が7対3の場合の賠償金計算
4.まとめ
相手方保険会社から提示された過失割合がおかしいと思った場合には、まず、相手方保険会社に対して、主張する過失割合の根拠を確認するといいでしょう。
しかし、そもそも基準のどの類型にあたる事故なのかという点で争いになることもあれば、修正要素の具体的な解釈が問題となることもあります。
また、相手方保険会社が主張する過失割合は、こちらに有利となる修正要素を十分考慮していない場合も多いのです。
実際の事故の過失割合は、基準を参考にしながらも、道路の構造、事故時の具体的な交通状況、双方の進路や速度、衝突の仕方など、事故状況に関するあらゆる事情から総合的に判断するものであり、争いがあれば最終的には裁判所が決めることです。
保険会社による基準の適用は杓子定規なところが多く、弁護士が介入して修正させるのはよくあることです。
相手方の保険会社から提示される過失割合に納得いかない場合には、交通事故に精通した弁護士にご相談ください。
[参考記事]
交通事故の過失割合|もめる・ごねる相手に納得いかない場合の対処法