交通事故時、生命保険と自動車保険(任意保険)の二重取りは可能?
生命保険に加入している場合、不慮の交通事故で怪我を負った際には、保険金の支払い対象になります。
しかし、交通事故によって受けた損害は、同時に加害者が加入している任意保険(自動車保険)から支払われる保険金によってもカバーされます。
このとき、生命保険と任意保険の関係はどのように理解すればよいのか、二重に請求しても良いのかなど、正確なところはあまり知られていません。
そこで今回は、「生命保険に加入している方が交通事故に遭った場合に、自分の生命保険と加害者の任意保険の保険金を二重取りできるのか」というテーマを中心に解説します。
1.交通事故時に生命保険で補償される損害
生命保険の保障対象は、保険契約(約款)の内容によって決まります。
生命保険の基本的な補償内容は、被保険者の死亡時に保険金が支払われるというものです。
また、特約を付している場合には、病気や怪我による入院・治療を行った際にも保険金が支払われることがあります。
したがって、交通事故の被害者が、死亡した場合・怪我をして入院または通院をした場合・怪我を治療したにもかかわらず後遺症が残った場合などには、生命保険金の支払い対象となる場合があります。
軽い打撲やむち打ちなどでも対象となる場合があるのです。
ご自身のケースが生命保険金支払いの対象となるかどうかについては、ご自身が加入している生命保険の保障内容をよく確認しましょう。
2.生命保険と任意保険の保険金受け取り
交通事故により被害者が怪我などの損害を受けた場合、不法行為者である加害者は、被害者に対して損害賠償をしなければなりません(民法709条)。
しかし、加害者には被害者に生じた損害を全額補填できるだけの資力がないことも多いです。
そこで、加害者はあらかじめ任意保険に加入しておくと、任意保険会社からの保険金で被害者に生じた損害を支払うことができます。
被害者の視点から見れば、任意保険会社から保険金を受け取ることができるわけですが、同時に自ら生命保険にも加入していた場合、生命保険と任意保険の保険金を両方受け取ることは認められるのでしょうか。
結論から言えば、生命保険と任意保険の保険金は両方受け取ることが認められます。
その理由は以下のとおりです。
(1) 生命保険は実損害とは別に受け取れる
生命保険から支払われる保険金は、発生した保険金の支払い要件に当たる事実に対応した「定額払い」となっています。
つまり、実損害の金額がいくらであるかにかかわらず、契約で定められた金額が定額で支払われるのが生命保険の特徴です。
この考え方からすると、生命保険金は、交通事故によって被害者に生じた損害を補填する金銭そのものではなく、それとは別に支払われるものという位置づけになります。
(2) 任意保険は実損害を補填する
これに対して、加害者が加入している任意保険から支払われる保険金については、被害者に生じた実損害の金額を客観的に算定したうえで、その金額をベースとして支払われるのが基本的な考え方になります。
したがって、生命保険と任意保険は法的な位置づけや目的が異なるので、両方から保険金の支払いを受けたとしても、いわゆる「二重取り」には当たらないのです。
3.任意保険金との「二重取り」になる保険金
前述のとおり生命保険金については、任意保険金との「二重取り」という取り扱いにはなりません。
しかし、後述する人身傷害保険など、任意保険と同様に実損害を補填する性質の保険については、保険金の「二重取り」を防ぐために、「他の保険契約等」として保険金請求書に明記する必要があります。
(1) 「他の保険契約等」欄の意義
任意保険の保険金請求書において「他の保険契約等」の有無の記載が求められるのは、言うまでもなく保険金の「二重取り」を防ぐことを目的としています。
ここで言う「二重取り」とは、任意保険と同じく、「交通事故によって生じた実損害を補填する性質の保険金」を、任意保険金と重複して受け取ることを意味します。
そのため生命保険については、「他の保険契約等」として保険金請求書に記載する必要はないです。
(2) 嘘を書いたらどうなる?
任意保険との二重取りになり得る保険契約等について、保険金請求書に敢えて記載しなかった場合、任意保険会社に対する「詐欺罪」(刑法246条1項)が成立する可能性があります。
請求者に詐欺罪が成立するためには、保険金を二重取りしてやろうという不法な意思を持っていたことが必要です。
たとえば、任意保険と同時に人身傷害保険にも保険金を請求していて、両方の保険金請求書において「他の保険契約等」の記載欄を空欄にしていた場合には、詐欺罪が成立する可能性が高いといえます。
これに対して、以下の場合などについては、詐欺罪は成立しません。
- 他の保険契約等を締結していることを忘れていた場合
- 保険金の二重取りをしようという意思がなかった場合
- 記載が漏れていた保険契約等について、「他の保険契約等」として記載すべきものであるという認識がなかった場合
なお前述のとおり、生命保険は「他の保険契約等」として記載する必要はありませんので、生命保険に加入していることを認識していながら記載しなかったとしても、詐欺罪に問われることはありません。
(3) 保険金の重複請求で逮捕される?
上記の考え方に従い、詐欺罪に該当する保険金の重複請求を行った場合には、捜査機関により逮捕されてしまうこともあり得ます。
「請求先の保険会社は別々なのだから、どうせバレないだろう」と考えるかもしれませんが、銀行口座の入金履歴などから犯罪事実が発覚してしまうこともあり得るので、十分注意が必要です。
詐欺罪の法定刑は「10年以下の懲役」であり、非常に重い刑事罰が科される可能性もあります。
そのため、重複請求による保険金詐欺には絶対に手を染めないようにしましょう。
4.人身傷害保険の受け取りについて
すでに何度か言及しましたが、交通事故によって被害者に生じる実損害を補填する性質の保険として「人身傷害保険」があります。
任意保険は加害者が加入するものであるのに対して、人身傷害保険は被害者自らが加入する保険です。
被害者が人身傷害保険に加入していた場合、任意保険と重複して保険金を請求することはできるのでしょうか。
(1) 任意保険から支払われる分は重複請求不可
人身傷害保険は、任意保険と同様に、交通事故により被害者に生じた実損害を補填するものです。
つまり、両者は保障の対象が重複しているので、二重取りは認められません。
実務上は、まず任意保険から保険金の支払いを受けたうえで、任意保険だけではカバーしきれない損害が生じている場合には、その差額分について人身傷害保険からも保険金を受け取るという流れになります。
(2) 過失相殺された分は人身傷害保険金を請求可能
任意保険によってカバーされない損害が生じる場合の典型例としては、損害賠償額の過失相殺が行われるケースが挙げられます。
民法上、交通事故について被害者にも過失がある場合には、過失割合に応じて損害賠償額を減額することになっています(民法722条2項)。
たとえば被害者に生じた損害が500万円のところ、被害者に2割の過失があったとします。
この場合、過失相殺の考え方により、加害者は被害者に対して、実損害の8割に相当する400万円の損害賠償義務を負うにとどまります。
したがって、被害者が任意保険会社から支払いを受けられる保険金額も、実損害の8割に当たる400万円に限られるのです。
[参考記事]
交通事故における過失相殺とは何か?わかりやすく解説
これに対して、人身傷害保険の場合は、その約款上、被害者が受けた実損をその過失の有無や割合にかかわらず塡補する目的の下で支払われる保険です。
このことから、人身傷害保険については、「過失相殺」の考え方が適用されないことになっています。
上記のケースで言うと、被害者には過失があるため任意保険では補填されない100万円分の損害が残っています。
この100万円分を、加入している人身傷害保険の基準にはよりますが、人身傷害保険からの保険金で補填することができる可能性があるのです。
なお、加害者が任意保険に加入していない場合には、加害者の資力だけでは十分な損害の補填が受けられないことが多いでしょう。
このように、加害者が任意保険に加入していない場合にも、人身傷害保険に自ら加入しておけば、加入している人身傷害保険の基準にはよりますが、少なくとも不足分の一部を保険金として支払ってもらえる可能性があり安心です。
5.まとめ
交通事故の被害に遭った場合、加害者が加入している任意保険とは別に、ご自身が加入している生命保険に対しても、同時に保険金を請求することが可能です。
万が一交通事故に遭ってしまった際には、ご自身の加入している各種保険の保障内容を見直して、受け取る権利のある保険金を漏れなく請求しましょう。
保険金請求など、交通事故に関してご不明な点がございましたら、お早めに弁護士までご相談ください。