交通事故で労災は使うべき?任意保険との比較とメリット・デメリット
「交通事故で使う保険」というと、自賠責保険や任意保険(ソニー損保・チューリッヒなど)を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、通勤中などに交通事故に遭った場合、加害者側の任意保険会社に対して損害賠償(保険金)を請求することの他に、労災保険給付を申請するという方法もあります。
労災保険給付も、任意保険の保険金と同様、基本的には被害者に生じた損害を補填する性質を有しますので、補償範囲は大部分が重複します。
ただし労災保険給付には、任意保険では支払われない給付が一部含まれているなどのメリットがあるため、場合によっては、保険金の請求と併せて労災保険給付の申請を検討しましょう。
この記事では、通勤中などの交通事故において労災保険給付を申請することのメリットや、任意保険からの保険金給付との関係などについて解説します。
1.通勤中の交通事故は「通勤災害」
労災保険給付は、業務上の原因により負傷・疾病・障害・死亡の結果を生じた労働者に対して行われます。
労災が認められるパターンの一つとして「通勤災害」があり、通勤中などに発生した交通事故は、通勤災害として労災保険給付の対象になります。
(1) いつの事故が対象?
通勤災害が認められるのは、以下に記載する移動の途中で労働者に負傷などが発生した場合です。
- 住居と就業の場所との間の往復
- 就業の場所から他の就業の場所への移動
- 単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動
したがって、
- 自宅から会社への通勤中
- 会社から自宅への帰宅中
- 出張などにより勤務時間内で移動中
などにおいて交通事故に遭遇した場合は、いずれも通勤災害として労災保険給付の対象となります。
(2) 「合理的な経路および方法」による移動
ただし、移動が通勤に関して行われたといえるためには、移動が「合理的な経路および方法」により行われていなければなりません。
「合理的な経路および方法」とは、一般に労働者が用いると認められる経路・方法をいいますので、マイカー通勤の場合は普段使用する経路ということになります。
ただし、交通事情などにより迂回を余儀なくされたり、職場へ早く到着するために近道をしたりした場合など、やむを得ず利用する経路も「合理的」と判断される可能性が高いでしょう。
これに対して、通勤途中に私用の買い物をするために寄り道をした場合や、合理的な理由もなく著しく遠回りをした場合などには、経路および方法が「合理的」とは認められないと考えられます。
2.労災保険給付の申請と任意保険会社への保険金請求の並行
よく「労災と任意保険のどっちを選ぶべき?」という質問がありますが、労災保険給付の申請と、任意保険会社への保険金請求は、どちらかを選ばなければならないものではなく、被災労働者はどちらも並行して行うことが可能です。
(1) どちらの給付を先に受けるか
労災保険給付の申請と、任意保険会社への保険金請求は、いずれも被災労働者の権利です。
したがって、そもそも申請・請求を行うか行わないか、及びどの順番で行うかは被災労働者が自由に選択できます。
(2) 二重取りにならないよう支給調整
ただし被災労働者は、同じ損害に関して、任意保険会社からの保険金と労災保険給付を二重取りすることはできません。
そのため、被災労働者が保険金請求と労災保険給付の申請を両方行った場合には、「支給調整」が行われます。
具体的には、労災保険給付を先に受給した場合には、後に任意保険会社から受け取れる保険金が減額されます。
逆に、任意保険会社から保険金を先に受け取った場合には、受給できる労災保険給付の金額が減額されるのです。
(3) 労災保険「特別支給金」は支給調整の対象外
ただし、労災保険給付の中には「特別支給金」というものが存在しており、特別支給金については、任意保険の保険金と損害項目が重複しません。
したがって、労災保険の特別支給金については、任意保険会社に対する保険金請求を並行して行っている場合でも全額を受け取ることができます。
特別支給金の具体的内容は以下のとおりです。
特別支給金の種類 | 給付要件 | 給付内容 |
---|---|---|
休業特別支給金 | 労災による傷病の療養のため労働することができず、賃金を受けられないとき | 休業4日目から、休業1日につき給付基礎日額の20%相当額 |
障害特別年金 | 症状固定後、障害等級第1級から第7級までに該当する障害が残ったとき | 障害の程度に応じ、算定基礎日額の313日分から131日分の年金 |
障害特別一時金 | 症状固定後、障害等級第8級から第14級までに該当する障害が残ったとき | 障害の程度に応じ、算定基礎日額の503日分から56日分の一時金 |
障害特別支給金 | 症状固定後、障害等級第1級から第14級までに該当する障害が残ったとき | 障害の程度に応じ、342万円から8万円の一時金 |
遺族特別支給金 | 労災により死亡したとき | 一律300万円 |
遺族特別年金 | 労災により死亡したとき | 遺族の数などに応じ、算定基礎日額の245日分から153日分の年金 |
遺族特別一時金 | ①遺族特別年金を受け得る遺族がないとき ②遺族特別年金を受けている人が失権し、かつ、他に遺族特別年金を受け得る人がない場合であって、すでに支給された年金の合計額が給付基礎日額の1000日分に満たないとき |
算定基礎日額の1000日分の一時金(②の場合は、すでに支給した遺族特別年金の合計額を差し引いた額) |
傷病特別支給金 | 労災による傷病が療養開始後1年6か月を経過しても治癒せず、かつ障害の程度が傷病等級第3級以上に該当すること | 障害の程度により114万円から100万円までの一時金 |
傷病特別年金 | 労災による傷病が療養開始後1年6か月を経過しても治癒せず、かつ障害の程度が傷病等級第3級以上に該当すること | 障害の程度により算定基礎日額の313日分から245日分の年金 |
※給付基礎日額は、原則として労働基準法の平均賃金に相当する額
※算定基礎日額は、原則として労災が発生した日または診断により病気にかかったことが確定した日の前1年間に支払われた特別給与(ボーナスなど)の総額
3.交通事故で労災保険給付を申請するメリット
通勤中などに交通事故に遭った場合、以下の場合には場合は、労災保険給付の申請を検討することをお勧めいたします。
通勤中の交通事故について労災保険給付を申請することには、以下のメリットがあります。
(1) 加害者が無保険でも申請できる
交通事故の加害者が任意保険に加入していない場合は、被災労働者は任意保険会社から保険金を受け取ることはできません。
この場合、自賠責保険からの保険金と加害者による損害賠償によって損害を補填することになりますが、加害者の資力が不足する場合には、損害補填が十分に行われなくなってしまいます。
これに対して労災保険給付は、被災労働者の勤務先が加入している労災保険から支払われるものです。
したがって、交通事故の加害者が無保険であっても労災保険給付を受け取ることができ、自賠責保険などだけでは補填しきれなかった損害分をカバーできる可能性があります。なお、加害者が無保険の場合は、当事務所ではお受けしておりません。
(2) 過失相殺が行われない
交通事故において、被害者(被災労働者)の側に一定の過失がある場合、任意保険会社から受け取れる保険金は、被害者側の過失割合に応じて減額されてしまいます。
これは、交通事故の保険金が不法行為に基づく損害賠償の代用として位置づけられていることから、民法722条2項に定められる過失相殺の考え方が適用されるためです。
これに対して労災保険給付には、過失相殺の考え方が適用されません。
したがって、交通事故について被災労働者の過失が大きい場合にも、労災保険給付は満額を受給することが可能です。特に当方に大きな過失割合がある場合には、利用したほうがよいでしょう。
(3) 特別支給金を受給できる
任意保険の保険金などによって、交通事故で生じた損害が比較的十分に補填される場合であっても、労災保険給付を申請することにより、さらに特別支給金を上乗せで受給できることがあります。
そのため、特別支給金の受給要件に該当する場合には、忘れずに労災保険給付を申請しておくようにしましょう。
(4) 打ち切られてしまった場合
加害者の任意保険から治療費の支払(一括対応)を打ち切られてしまったような場合、その時点から労災保険を使える場合もあります。
その様な場合に、つかえたとしたら、特にメリットが大きいということになりますので、検討することになるでしょう。
4.交通事故で労災保険給付を申請するデメリット
通勤中などの交通事故のケースで、労災保険給付を申請する法的なデメリットは特にありません。
もっとも、労災保険給付は、慰謝料(精神的損害に関する賠償金)に相当する補償が存在しないなど、被災労働者に生じた損害の全額を補填するものではありませんが、先に述べたように二重取りの禁止の観点から、加害損保への請求時に損益相殺されることになるなどはあります。
また、例えば勤務先が労災の利用を嫌がったりすることもありますし、労災を利用した後で加害損保に請求する場合には、労災関連の書類の取り付けをご自身で情報開示請求する必要が生じるなど、かなり手間が増えたりします。
さらに、労災前提で通院していたところ、事後的に利用できなかったとされた場合には医療機関への支払義務が残ってしまいます。
状況に応じて利用するのが賢明でしょう。
5.まとめ
通勤中などに交通事故に遭ってしまった場合、任意保険会社に対する保険金請求と並行して労災保険給付の申請を行っておくと、事案によっては被災労働者が被った損害が補填されやすくなることがあります。
労災保険給付を申請する際には、被災労働者が受けた損害の内容を裏付ける資料を提出しなければなりません。
いずれにしても、被災労働者が損害の補填を十分に受けるためには、交通事故の直後から、証拠の確保や法的主張の検討を周到に進める必要があります。
もし通勤中などに交通事故に遭ってしまったら、お早めに弁護士までご相談ください。
泉総合法律事務所には、労災保険を利用した交通事故の解決実績も多数ありますので、安心してお任せいただけます。