交通事故によるTFCC損傷を理由とする損害賠償請求と後遺障害認定
原因不明の手首の痛み、違和感を覚える場合には、TFCC損傷というケガを負っている可能性があります。
そもそも、TFCC損傷とは、どのようなケガなのでしょうか。また、交通事故によりTFCC損傷を負った場合、被害者の加害者に対する賠償請求において、どのような問題が存在するのでしょうか。
今回は、交通事故におけるTFCC損傷の問題について解説します。
1.TFCC損傷
(1) TFCC損傷とは
TFCCとは、「TRIANGULAR FIBRO CARTILAGE COMPLEX」の略語であり、日本語では三角線維軟骨複合体と言います。
TFCCとは、手首の小指側にある三角の形状の軟部組織のことであり、その役割は、手首の骨を支えることによって、手首の外側の衝撃吸収を行うことにあります。このTFCCの機能により、私たちは、円滑に手首を動かすことができるのです。
TFCC損傷とは、このような手首の動作において重要な役割を果たしているTFCCを損傷してしまうことを言います。
(2) TFCC損傷の原因
TFCC損傷の原因になるものとしては、手首を酷使するようなテニスや野球などのスポーツを挙げることができます。また、加齢によりTFCC損傷が生じることもあるようです。
それ以外に、TFCC損傷は、自転車やバイクでの交通事故において転倒した際、手を強く地面に突くなどの外部的衝撃により発生することがあります。
(3) TFCC損傷の症状
TFCC損傷の具体的症状としては、手首の外側の圧痛、手首を外側に動かした際の痛み、握力の低下、手首を返す動作の制限などです。
(4) TFCC損傷の診断
TFCC損傷の診断は、手首を外側に動かした際の痛みの有無などを確認する理学的所見と画像上の異常を確認する画像所見を総合して行われます。
ただし、TFCCは、肘の靱帯や膝の半月板のように骨ではなく軟部組織であるためレントゲン検査だけでは診断できません。
そこで、レントゲン検査において造影剤を利用したり、MRI撮影のほか、適宜、内視鏡の検査を行ったりします。
(5) TFCC損傷の治療
TFCC損傷と診断された場合の治療方法として、まず選択されるのは、ギブスやテーピング、サポーターなどにより患部を固定して安静を保つ治療です。
このように、まずは、患部の炎症および痛みを抑えるための経過観察となるのです。
なお、痛みのひどい場合には、消炎鎮痛剤などの薬を処方します。通常、3ヶ月程度の経過観察により、炎症や痛みは軽減あるいは消失し完治すると言われています。
しかし、損傷の程度の大きい場合や経過観察を経て炎症や痛みが治まらない場合には、手の関節内のステロイド注射や手術を実施するなどの治療を施します。
TFCC損傷の治療期間の目安については、TFCC損傷の診断時期、症状の程度、リハビリの具合などによりさまざまであるため一概には言えないものの、だいたい半年から1年程度であると言われています。
2.TFCC損傷と後遺障害等級認定
TFCC損傷による後遺症がある場合には、その症状の内容に応じて、後遺障害等級認定の可能性があります。
まず、手関節の可動域に制限が残存してしまった場合には、その制限の程度に応じて、上肢の機能障害として10級、12級の後遺障害が認定される可能性があります。
また、手関節の可動域について制限が残らなかった場合でも、痛みの残存する場合には、その内容に応じて、神経症状の後遺障害として12級、14級が認定される可能性があります。
なお、そもそもTFCC損傷は、認知度の低い傷病であるため、それが理由で後遺障害として認定されなかったり、実際より低い等級の認定にとどまってしまうといったケースがあるようです。
3.損害賠償請求における諸問題
(1) 交通事故との因果関係の証明
①要求される証明の程度
TFCC損傷を理由とする損害賠償を請求するには、被害者は、交通事故とTFCC損傷の発生との間の因果関係を証明する必要があります。
この因果関係の証明は、単に事故によりTFCC損傷の生じた可能性があるレベルでは足りず、ほぼ間違いなく、交通事故によりTFCC損傷は生じたものであると認められなければなりません。
②TFCC損傷特有の因果関係の証明の困難性
ところが、TFCC損傷は、そもそも事故直後から症状の現れない場合があり、通常のレントゲンでは診断できません。
そのため、事故日から、相当の期間が経過したあとにTFCC損傷と診断される可能性があります。
このように事故日から診断日までの期間に空白のある場合は、損傷と事故との因果関係は疑われます。
また、TFCC損傷は、交通事故以外の手首を酷使するスポーツ、日常生活における動作などにより発生する可能性がありますから、交通事故以外の原因を想定されてしまうケースが意外に多いのです。
③過去の裁判例
過去の裁判例では、
- 事故態様は軽微でありTFCC損傷の生じる程度の衝撃が加わった可能性が低いこと。
- 自覚症状の訴えは事故日より約1ヶ月経過したあとであること。
- 被害者の仕事内容などから日常生活においてTFCC損傷を負うことは十分ありうること。
- TFCC損傷が確認されたのは事故日より1年3ヶ月弱経過したあとであること。
これらを理由に、事故とTFCC損傷の因果関係を否定した裁判例があります(東京地方裁判所平成27年12月16日判決)。
また、
- 事故日より19日前の自転車走行時に手首を捻ってから痛みを覚えたため病院で診察を受けたところ、三角線維軟骨損傷と診断されたこと。
- 被害者はダンス教室のインストラクターをしており、実技指導においてTFCC損傷の原因となる手を地面に突く場面は少なからず存在すること。
- 事故の態様としては軽微であり、TFCC損傷の生じる程度の強い力の加わった可能性が低いこと。
などを指摘したうえで、TFCC損傷と交通事故との因果関係を否定した裁判例があります(大阪地方裁判所平成28年12月8日判決)。
(2) TFCC損傷と素因減額の問題
①素因減額とは
素因減額とは、交通事故による損害の発生および拡大について、被害者の心理的要因あるいは身体的要因の影響がある場合、その要因を考慮して、賠償額を減額する制度のことです。なお、その趣旨は、過失相殺と同様、損害の公平な分担の実現です(最高裁昭和63年4月21日判決、最高裁平成4年6月25日判決)。
②素因減額となる要素
素因減額は、被害者の心理的あるいは身体的要因として、単に損害の発生および拡大に影響を与えた可能性があるだけでは認められません。
むしろ、被害者側の要因を考慮して、賠償額を減額しなければ、加害者にあまりにも酷であるような例外的場合に認められるものなのです。
たとえば、被害者の身体的特徴を理由として素因減額するのは、原則として、それが単なる身体的特徴を超えて、疾患のレベルにまで至っている場合にかぎられるとされています。
④過去の裁判例
手首の小指側の骨(尺骨(しゃっこつ))が手首の親指側の骨(橈骨(とうこつ))より長い人は、TFCC損傷を生じやすいと言われています。
それでは、そのような身体的特徴を理由として素因減額により賠償額が減額されることはあるのでしょうか。
この点につき、過去、尺骨が橈骨より5.4mm長い身体的特徴について、病的所見であるとして、事故とTFCC損傷との因果関係は認めつつ、素因減額を肯定した裁判例があります(東京地方裁判所平成26年3月14日判決)。
もっとも、この裁判例では、被害者には、事故前にTFCC損傷の症状はなく、TFCC損傷を負った主たる原因は事故にあるとして、素因減額の割合は10%とされました。
4.TFCC損傷で適正な賠償金を取得するために
交通事故に遭ったあと、原因不明の手首の痛みを感じたらTFCC損傷の可能性があります。
TFCC損傷は認知度の低い傷病であり、事故直後から症状が発症しない場合があること、通常のレントゲンでは診断できないこと、事故以外の原因を想定されやすいことなどから、適切な対応を怠ってしまうと、後の賠償請求において、交通事故との因果関係、後遺障害の認定、素因減額などの問題において不利に判断されてしまいがちです。
ですから、交通事故に遭い、手首の痛みを感じたら、TFCC損傷の可能性があることに留意して、適正な賠償金の取得を実現するためにも、早期に手首の専門医による診察を受け、交通事故を得意とする弁護士に相談・依頼することをおすすめします。
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