人身事故 [公開日]2022年2月28日[更新日]2022年2月28日

認知症高齢者の交通事故|責任はどうなる?家族に責任はある?

高齢ドライバーによる悲惨な交通事故が頻発しています。

2020(令和2)年における我が国の総人口に占める65歳以上の人口割合は28.8%、75歳以上は14.9%で、まさに超高齢化社会が進んでいます。

また、2012(平成24)年には65歳以上の高齢者数は462万人、実に65歳以上の約7人に1人が認知症患者と報告されており、しかも、その割合は2025(令和7)年には5人に1人になると推計されています。

認知症患者を運転者とする人身事故の被害者となってしまった場合、誰に、どのような責任を問うことができるのでしょうか?

1.交通事故の加害者に問える法的な責任

まず、交通事故の加害者に問える民事責任と刑事責任を概観しましょう。

(1) 民事責任

被害者の経済的な損害(治療費、通院費、付添費、休業損害、逸失利益など)や精神的な損害(慰謝料)の賠償を負担する責任です。

この責任を問う法制度として、主に次のものがあります。

不法行為責任(民法709条)

加害者が故意過失で他人に損害を与えた場合の賠償義務を認める、損害賠償制度の基本をなす制度です。

ただ、この責任を問うには、被害者は損害の発生だけでなく、加害者の故意過失も立証する必要があります。

運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)

人身事故については、被害者が故意過失を立証しなくとも運行供用者に賠償責任を問うことができ、逆に運行供用者は、厳格な免責要件を立証しなくては責任を免れないとする制度です。

不法行為制度の特則として、立証責任を逆転させ被害者保護を図ったもので、運行供用者とは、自動車の運行を支配し、運行による利益を得ている者を言い、具体的には、運転者だけでなく車両の所有者なども含まれます。

(2) 刑事責任

次に、人身事故の加害者が問われる刑事責任には、主に次のものがあります。

過失運転致死傷罪(自動車運転処罰法5条)

不注意で人身事故を起こした場合は、7年以下の懲役刑・禁錮刑または100万円以下の罰金刑となります。
ただし、被害者の怪我が軽いときは、情状により、刑を免除される場合もあります。

危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法2条)

たとえば酒や薬の影響で正常な運転が困難な状態なのに自動車を走行させたり、いわゆる「あおり運転」を行なうなど、死傷事故の可能性が高い危険な走行で事故に至ったりした場合は、被害者が負傷したときは15年以下の懲役刑、死亡したときは1年以上の有期懲役となります。

2.認知症の場合の民事責任

では、加害者が認知症の場合も、上記の法的責任を問うことができるのでしょうか?

(1) 民事の責任能力と不法行為責任

民法には次の規定があります。

第713条
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。

これは「民事責任能力」と呼ばれ、自己の行為の是非(法律的上の責任)を判断できるだけの知能とされます。

賠償責任を負わないのは、判断能力を欠く者には保護を与えるべきで、政策的配慮として賠償義務から解放したと説明されています。

認知症で民事責任能力を失い運転を誤り、事故を起こした場合は、民法709条の不法行為に基づく賠償責任は負担しません

(2) 認知症で責任能力がない場合の運行供用者責任

もっとも、人身事故における損害賠償請求のメインとなるのは運行供用者責任の追及です。
被害者が加害者の過失を立証する必要がないうえ、運転者だけでなく車両所有者などの運行供用者にも責任を追及できる点で、民法の不法行為責任を追及するよりも被害者に有利だからです。

では、例えば認知症患者が、その所有する車を運転して人身事故を起こした場合、すなわち、加害者である認知症患者が運行供用者でもあるというケースにおいて、責任能力の欠如を理由に、運行供用者責任も否定されるのでしょうか?

運行供用者責任には、同法の規定だけでなく民法の規定も適用されると定められていることから問題となります(自動車損害賠償保障法4条)。

しかし、裁判例では、運行供用者責任には民法713条の適用は否定されています。責任無能力者の保護よりも、被害者の保護を優先させるという判断です(糖尿病による低血糖状態で朦朧として事故を起こした事案。東京地裁平成25年3月7日判決・判例タイムズ1394号250頁)。

(3) 認知症の患者の賠償責任と自賠責保険・任意保険

では認知症患者に賠償責任が認められるとして、保険による補償は受けられるのでしょうか?

自賠責保険

認知症患者が運行供用者責任を負担する以上は、被害者は、その賠償金の支払を自賠責保険から受けることができます(自賠法第11条、第16条、第17条)。

ただ、自賠責保険には限度額があり、例えば、後遺症のない傷害に対しては、120万円が上限です。

任意保険

そこで損害額が自賠責保険の限度額を超えてしまった場合、その超過部分を補償するのが任意保険です。

では認知症患者が運行供用者責任に基づいて負担する賠償責任も、任意保険の補償対象となるのでしょうか?

任意保険がどのような損害を補償対象とするかは、その保険契約の内容、具体的には契約約款によって決まります。

そして、任意保険の標準約款には、「当保険会社は、対人事故により、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して(中略)保険金を支払います。」と定められています

被保険者とは、その者にある一定の事由が発生した場合に補償を受けることができる者を言います。

認知症患者が任意保険の被保険者である限り、その負担する運行供用者責任は、「被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害」に該当することに間違いはありませんから、当然に、任意保険で補償されることになります。

(4) 家族の「監督者責任」と任意保険

ところで民法には、不法行為制度の特則として、責任無能力者の監督義務者の賠償責任の制度が定められています(民法714条1項)。

認知症患者が他人に損害を与えたが、責任無能力を理由として、損害賠償義務を負わない場合には、その責任無能力者を監督する法的な義務のある者が賠償責任を負担し、この監督義務者は、その義務を怠らなかったこと、または監督義務を怠らなかったとしても損害は生じていたであろうことを立証しない限り免責されないとされるのです。

したがって、例えば、同居していた長男が目を離した隙に、認知症の父親が車を運転して人身事故を起こした場合、被害者は長男に対して、監督義務者の責任として損害賠償請求をすることも可能なのです。

ただ現実には、運転した父親には運行供用者責任が認められ、自賠責保険と任意保険でカバーされるので、被害者が長男に対して監督者責任を問うメリットはありません。

また任意保険の標準約款では、被保険者には同居の親族も含まれるので、同居の長男が監督者責任を追及されたとしても、やはり任意保険にカバーしてもらえます。

したがって、例えば認知症患者で無能力者である父親が、自賠責保険・任意保険に加入していない車を運転して人身事故を起こしたというレアケースの場合であれば、長男に監督者責任を問うことに意味が出てくるでしょう。

なお現在では、別居であっても親族が監督義務者である場合は、被保険者に含むとする自動車保険が増えているようです。

3.認知症の刑事責任|認知症だと無罪になる?

次に、認知症患者に刑事責任を問えるかどうかを検討しましょう。

(1) 刑事の責任能力とは?

刑法には次の定めがあります。

第39条
第1項 心神喪失者の行為は、罰しない。
第2項 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

心神喪失とは、精神の障害で、行為の是非善悪を弁識する能力(弁識能力)、または、その弁識に従って行動する能力(制御能力)がない状態です。心神耗弱とは、これら能力が著しく減退した状態です。

制裁としての刑罰が正当化されるのは、その者を「非難」できることが前提です。行動の善悪が判断できない者、判断にしたがって行動できない者を非難することはできませんから、その行為を犯罪として罰することはできません。

また、これらの能力が著しく減退していれば、強い非難はできず、刑罰も重くするわけにはいきません。

これが刑事事件における責任主義の考え方であり、これら能力を刑事責任能力と呼びます。

したがって、認知症で心神喪失状態となって事故を起こした場合、犯罪は成立しませんから判決は無罪ですし、心神耗弱状態の場合は有罪判決ではあっても刑が減軽されます。

(2) 認知症と「病気危険運転罪」

自動車運転処罰法第3条2項は、準危険運転罪のひとつとして、「病気危険運転」を規定しています。

運転中に病気で正常な運転ができなくなるかも知れないと知りながら運転を開始して、実際に正常な運転ができなくなって事故に至った場合、傷害事故のときは12年以下の懲役刑、死亡事故のときは15年以下の懲役刑とするものです。

運転中は刑事責任能力がないものの、病気で正常な運転ができなくなるかも知れないと知りながら運転を決断している点を非難することができるので犯罪とされるのです。

ところが、この病気危険運転は、政令で指定した病気にだけ適用されるもので、統合失調症・低血糖症・そう鬱病・てんかん・再発性の失神・睡眠障害が定められているだけで、認知症は対象外です(自動車運転処罰法律施行令第3条)。

したがって認知症患者を準危険運転罪に問うことはできません

(3) 認知症と運転回避義務違反

では準危険運転罪は成立しないとしても、病気で正常な運転ができなくなる危険を認識していた以上、運転を回避するべきであり、その点が過失であるとして過失運転致傷罪の成立を認めることはできないでしょうか?

しかし、認知症の場合、その症状として、日常的に認知能力・判断能力が低下していることが通常ですから、運転を決断したときには責任能力があったと認定すること自体が困難で、運転回避義務として過失運転致傷罪に問うことも難しいでしょう。

(4) 責任を問えるケース

責任能力の有無は、病歴・事故当時の病状、事故前の生活態度・生活状況、事故態様、事故後の行動、事故後の病状など、諸事実を総合して考慮する「総合判断」です(最高裁昭和53年3月24日判決)。

また病気に関する専門の医師の鑑定意見は十分に尊重されなくてはなりませんが、それに縛られるものではありません。責任能力は法的な概念で、その有無の判断は法律問題の判断ですから、最終的には裁判所の評価・判断に委ねられるのです(最高裁平成21年12月8日決定)。

したがって、一般論として、どのような場合に責任能力が認められ、どのような場合に責任無能力と判断されるかを示すことは困難です。

ただ、責任能力を判断する際の目安のひとつとして、行動が了解可能か否かを検討するという考え方を御紹介しておきましょう。

これは犯行時及びその前後における加害者の行動が、他人から見て、理解可能な合理的なものか、それとも、およそ正常人には了解しえない不合理な行動かを検討するという考え方です。

単純化した例で説明しましょう。

例えば、認知症患者が高速道路を逆走して事故を起こしたとします。

高速道の入り口から逆走をはじめて、何台もの正面から向かってくる車が、あわてて逆走車との衝突を避けるという異常な事態が続いているにもかかわらず、認知症患者が路肩に車を停車しようとするとか、サービスエリアに入ろうとするなどの「合理的な行動」をせず、漫然と逆送を続けていたという場合、当然、運転者の行動は合理的なものとして了解することはできませんから、刑事責任能力は否定されるか、少なくとも減退しているとの判断に傾くことになります。

ただし、このような検討だけで決定されるわけではないことにご注意ください。

4.交通事故のご相談は弁護士へ

認知症を原因とする交通事故の被害にあった場合、「満足いく賠償金を受け取れるのか」と不安になる被害者の方は多いと思います。

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