自転車事故での重過失傷害|刑罰・不起訴の可能性
自転車が加害者となる交通事故で、被害者が大けがをしたり、死亡してしまったりしたという報道を見るようになって久しくなります。
歩行者だけでなく、無謀な自転車走行のために、四輪車やバイクが被害を受けたというケースもあるでしょう。
自転車による事故で、他人に怪我をさせた者は、犯罪とはならないのでしょうか?
この記事では、自転車事故の被害者が、自転車の運転者に問える刑事責任について解説します。
1.自転車事故で成立する犯罪
自転車を運転していて、事故を起こし、他人にけがをさせた加害者を、どのような罪に問うことができるのでしょう?
自動車の場合は、自動車過失運転致死傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第5条)に問える可能性がありますが、これについては、自転車は対象外です。
そこで、罪に問える可能性があるのは、刑法が規定する次の犯罪です。
第209条(過失傷害罪)
第1項 過失により人を傷害した者は、30万円以下の罰金又は科料に処する。
第2項 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
第210条(過失致死罪)
過失により人を死亡させた者は、50万円以下の罰金に処する。
(第211条前段(業務上過失致死傷罪)
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。)
第211条後段(重過失致死傷罪)
重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
条文から明らかな通り、過失傷害罪は罰金・科料、過失致死罪は罰金であり、重い刑ではありません。しかも、過失傷害罪は親告罪ですから、刑事告訴がなければ、検察官に起訴されることはなく、被害者との示談が成立すれば、処罰される可能性はありません。
他方、業務上過失致死傷罪、重過失致死傷罪は、最長5年までの懲役刑があり、罰金も高額です。自転車の運転で、このような重い処分に問える可能性があるのでしょうか?
実は、自転車の運転には業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)の適用はありません。
同罪にいう「業務」とは「人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為」で「他人の生命身体等に危害を加える虞あるもの」と理解されています(最高裁昭和33年4月18日判決・最高裁判所刑事判例集12巻6号1090頁)。
ところが、自転車は主として人の脚力のみで走行し、軽量で操作が容易であり、その運転速度も通常は他人に重大な障害を負わせる可能性が一般的・類型的に大きいとはいえず、運転自体の危険性に乏しいので、「業務」に該当しないと理解されているからです(※同旨の文献として、山口厚「刑法各論・第2版」(有斐閣)69頁、西田典之・橋爪隆「刑法各論・第7版」(弘文堂)72頁、前田雅英「刑法各論講義・第5版」(東京大学出版会)76頁)。
したがって、自転車の運転で人の生命身体を害した場合、もっとも問題となるのは、重過失致死傷罪ということになります。
なお、自転車での事故の際には、同時に道路交通法違反を犯していることも多く、その違反に罰則が適用される場合があることはもちろんです。
2.重過失傷害罪の「重過失」とは?
慎重な運転が当然に要求される自動車やバイクと異なり、自転車に乗っているときにたまたま事故を起こしてしまっただけで、「重大な」過失に問うことができるのでしょうか?
これは、実はできるのです。
重過失致死傷罪における加害者の「重大な過失」とは、裁判例では、次のように表現されています。
裁判例その1
「重大な過失とは、注意義務違反の程度の著しい場合、すなわちわずかな注意を用いることによって危険性を察知することができ、結果発生を回避できたであろう場合をいい、必ずしも当該行為自体に重大な結果発生の危険性が包含されていて、当該行為者にとくに慎重な態度が要求されている場合に限定する必要はない」(※福岡高裁昭和55年6月12日判決・高等裁判所刑事裁判速報集1273号)
裁判例その2
「重大な過失とは、注意義務違反の程度が著しい場合、すなわち、わずかな注意を払うことにより結果の発生を容易に回避しえたのに、これを怠って結果を発生させた場合をいい、その要件として、発生した結果が重大であることあるいは結果の発生すべき可能性が大であったことは必ずしも必要としないと解する」(※東京高裁昭和57年8月10日判決・刑事裁判月報14巻7・8号603頁)
2つの裁判例からわかるのは、次の2つの点です。
- 重大な過失とは、「わずかな注意を払えば簡単に死傷という結果を避けられたのに、これを怠った」ことである
- 「発生した結果の重大性」や、「重大な結果が発生する高い可能性」は不要である
この2の観点からは、自転車を走行させるという、自動車やバイクに比較して危険性の低い行為であっても、重過失を認める妨げとはなりません。
また、1の観点からは、たとえ自転車の運転であっても、わずかな注意を払えば死傷を避けられたはずとして、重過失と評価できる余地が十分あることがわかるでしょう。
3.自転車で重過失が問題となった具体例
では、どのような場合が、自転車の重過失と評価できる可能性があるのか、具体的を紹介していきましょう。
(1) 夜間の無灯火
仙台高裁秋田支部昭和44年9月18日判決・高等裁判所刑事裁判速報集昭和44年16号
ライト無しでは走行できない雨の夜間に、ライトが破損した自転車で二人乗りをし、後部に乗った者に持たせた懐中電灯で前方3メートルまでしか確認できないのに、下り坂をブレーキをかけずに時速約30キロメートルで走行し、しかも、対向車のライトがまぶしいので下を向いて走行した挙げ句、被害者に追突した事案で、前方の安全が確認できないまま高速で走行したことが重大な過失であると認定されました。
高松高裁昭和44年11月27日判決・高等裁判所刑事裁判速報集340号
雨の闇夜で付近に街灯もない道路を、無灯火で走行して歩行者と衝突した事案で、被告人がライトを点灯しさえすれば、歩行者の方で自転車に気づいて、簡単に衝突を避けられたのであるから、ライトを付けずに走行した行為は、自転車の運転者として当然に尽くすべき注意義務を尽くさない重大な過失と認定しました。
(2) 安全確認義務違反
京都地裁平成15年5月23日判決
自転車に乗った被告人(70歳)がバイクと衝突し、被害者(58歳)に加療1年を超える頭蓋骨骨折などの傷害を負わせた事件です。被害者が自転車で右折走行する際、道路中央付近で一時停止・徐行をして左方向から車両が来ていないか確認するべきだったのに、その義務を怠って進行したことが「重大な過失」だとして起訴され、罰金30万円を求刑されました。ただし、結果的には立証が足りないとして無罪判決でした。
この裁判例は、結果的に無罪となりましたが、それは自転車とバイクの事故だからではなく、たまたまこの事案で、重大な過失を認定する証拠が不十分だったからに過ぎません。
したがって、むしろ、この事案からは、バイクと自転車の事故でも、自転車側が重過失傷害罪で起訴されること、証拠さえそろっていれば、重過失傷害罪で有罪にできることがわかります。
このことは、たとえ自転車と四輪車の事故でも同じです。例えば、交差点で自転車が飛び出したために、衝突を回避しようとして急ハンドルを切った四輪車が他の車と衝突してしまい、四輪車の運転手が死傷したというケースを想定してみてください。あるいは、飛び出した自転車を避けようとして、四輪車が急ブレーキを踏んだために、運転手がむち打ち症になってしまったというケースでも同じです。
自転車がわずかな注意さえ払えば、事故が避けられた以上は、相手が四輪車であっても、重過失致死傷罪を適用できる可能性があるのです。
福岡高裁昭和55年6月12日判決
自転車を運転する者は、信号機の信号に従うのはもちろん、横断歩道付近の歩行者の動静を十分注視し、安全を確認しつつ進行して、事故の発生を未然に防止するべき注意義務があるのに、被告人は、自分の対面信号が黄色であること、交差点には横断歩道を横断するために複数の歩行者が信号待ちをしていることを認識し、まもなく対面信号が赤信号にかわり、横断歩道の信号が青信号に変わることが容易に予想できたにもかかわらず、これらに注意を払うことなく、うつむいたまま時速20キロメートルで進行し、横断歩道を歩行中の被害者に衝突したことは重大な過失と認定しました。
(3) 自転車のながら運転
横浜地裁川崎支部平成30年8月27日判決
被告人は女性(20歳)で、商店街の歩行者専用道路を電動自転車で走行中、イヤホンで音楽を聴きつつ、飲み物を持つ右手でハンドルを持ち、左手でスマホを操作しながら走行し、メールのやりとりを終えてスマホをポケットにしまうことに気をとられた脇見運転で、被害者(女性・77歳)を死亡させました。判決は重過失致死罪で禁錮2年執行猶予4年でした。
4.自転車での事故で起訴できる?
(1) 起訴率と量刑の統計
では、重過失と評価された場合、検察官に加害者を起訴してもらえる可能性はどの程度あるのでしょう?
この点、残念ながら、自転車での重過失致死罪に絞った統計資料はありません。
ただ、令和元年の検察統計(※2019(令和元)年検察統計「8 罪名別 被疑事件の既済及び未済の人員」)によると、重過失傷害罪、重過失致死罪での起訴・不起訴処分を受けた人数は、次のとおりとなっています。
総数 | 起訴計 | 公判請求 | 略式請求 | 不起訴計 | 起訴猶予 | 嫌疑不十分 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
重過失傷害 | 2263 | 107 | 14 | 93 | 1693 | 1475 | 209 |
4.73% | 0.62% | 4.11% | 74.81% | 65.18% | 9.24% | ||
重過失致死 | 26 | 11 | 9 | 2 | 12 | 6 | 6 |
42.31% | 34.62% | 7.69% | 46.15% | 23.08% | 23.08% |
この数字は、自転車による事故ではない事件も含まれているわけですが、重過失傷害罪では約75%が不起訴、重過失致死罪でも約46%が不起訴となっており、起訴を回避されてしまう可能性が高いことがわかります。
では、起訴できた場合の裁判での量刑はどの程度でしょうか?
2019(令和元)年の司法統計(※2019(令和元)年司法統計「第33表:通常第一審事件の終局総人員・罪名別終局区分別・全地方裁判所」「第34表:通常第一審事件の有罪(懲役・禁錮)人員・罪名別刑期区分別・全地方裁判所」)によれば、過失傷害罪(重過失傷害、重過失致死を含む)で公判請求されて同年中に判決が下された人員と、その量刑の内訳は次のとおりです。
なお、略式請求を受けて簡易裁判所で罰金刑を受けた人員は含まれていないことに注意してください。
刑種 | 人数 | 刑期 | 執行猶予 | |
---|---|---|---|---|
有期懲役・禁錮 | 48 (禁錮42) (懲役6) |
3年 | 全部執行猶予 | 2 |
2年以上3年未満 | 全部執行猶予 | 6 | ||
1年以上2年未満 | 実刑 | 3 | ||
全部執行猶予 | 33 | |||
6月以上1年未満 | 実刑 | 1 | ||
全部執行猶予 | 3 | |||
罰金 | 8 |
これも自転車事故の重過失致死傷罪に限った統計ではありませんが、過失による致死傷罪である限り、2年未満の禁錮刑で執行猶予がついてしまう可能性が高いことがわかります。
以上から、自転車事故で重過失傷害罪、重過失致死罪に問うことができたとしても、起訴を回避される可能性が高いこと、仮に起訴されても執行猶予判決となってしまう可能性が高いことがわかりました。
(2) 被害者との示談と処分の関係
ただ、これらのような加害者側に有利な処分には、被害者との示談が成立することが影響している場合が多いのです。
被害者に賠償金としての示談金を支払い、宥恕文言(※)を記載した示談書の作成に応じてもらえれば、検察官・裁判官から有利な事情として取り扱ってもらえるからです。
※宥恕(ゆうじょ)文言とは、加害者を許す意思を表明した文言のことです。
そこで、被害者側が、自転車を運転していた加害者に、できるだけ重い処分を望むのであれば、一切示談に応じないことです。
ただ、四輪車やバイクのような自賠責保険がなく、任意保険も普及していない自転車では、示談を希望して加害者が示談金を提示したタイミングで示談に応じないと、賠償金を受け取れなくなるリスクがあります。
しかし、示談に応じて示談金は受け取っても、示談書に宥恕文言は記載しないという対応も可能です。
通常は、示談書に記載されるはずの宥恕文言が記載されていないということは、被害者の処罰感情はおさまっていないことを示していますので、示談の効果を限定的なものとできます。
また、宥恕文言を記載しない示談書で、示談を成立させ、示談金を受領したうえで、検察官や裁判官に対して、「示談はしたが、賠償金を受け取る権利がある以上、示談金を受領するのは当然であって、加害者を許すつもりは一切ありません。重く処罰して下さい。」と上申書を提出するのも良いでしょう。
ただし、示談書に宥恕文言を記載しておいて、後でこのような書面を提出することは、人間性を疑われてしまい、検察官も裁判官も良い気分ではありませんから、お勧めできません。
あくまで重い処分を希望するなら、示談しても、宥恕文言は記載するべきではないでしょう。
5.まとめ
自転車事故の加害者の刑事責任を問うために活動することも弁護士の仕事のひとつです。
自転車事故の被害者となってしまった方は、是非、交通事故問題に強い弁護士にご相談ください。